・・・能代の膳には、徳利が袴をはいて、児戯みたいな香味の皿と、木皿に散蓮華が添えて置いてあッて、猪口の黄金水には、桜花の弁が二枚散ッた画と、端に吉里と仮名で書いたのが、浮いているかのように見える。 膳と斜めに、ぼんやり箪笥にもたれている吉里に・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・膝には赤い木皿に丸い小さいビスケットが三十入っている。 柱に頭をもたせかけ、私はくたびれてうっとりとし、ぼんやり幸福で、そのビスケットを一つ一つ、前歯の間で丹念に二つにわって行った。〔一九二四年三月〕・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・ お繁婆さんは木皿へ盛って出されたカステラをしげしげと見ていろいろの讚辞を呈してから大切そうに端から崩して行く。実際この村や町では藤村のカステラの様な味のものはさかさに立っても喰べられないのである。 お繁婆さんが永い事かかってカステ・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫