・・・人間はどうかすると未熟な科学の付け焼き刃の価値を過信して、時々鳥獣に笑われそうな間違いをして得意になったり、生兵法の大けがをしてもまだ悟らない。科学はまだまだ、というよりはむしろ永久に自然から教えを受けなければならないはずである。科学の目的・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・しかし花を生けて写生しようと思うとすぐにしおれたり、またこれに反して勢いのいいのは日ごとの変化があまりにはげしくて未熟なものの手に合わなかった。壺やりんごもおもしろくない事はないが、せっかく「生きた自然」の草木が美しく、それに戸外が寒くなく・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・それでもとにかく熱心がひどいからあまり器用なたちでもなくまだ未熟ではあるが成効するだろうよ。やはり『ホトトギス』の裏絵をかく為山と云う男があるがこの男は不折とまるで反対な性で趣味も新奇な洋風のを好む。いったい手先は不折なんかとちがってよほど・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・ 以上未熟な考察の一部をしるして貴重なる本誌の紙面をけがし読者からのとがめを招くであろうことを恐れる。紙数の限りあるために意を尽くさない点の多いのを遺憾とする。ただ量的にあまりに抽象的な、ややもすれば知識の干物の貯蔵所となる恐れのあ・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・ 最後に私はこの一編の未熟な解説が、ルクレチウスの面影の一側面をも充分正確に鮮明に描出することを得なかったであろうことを恐れる。そうしてこの点について読者の寛容をこいねがうものである。 ルクレチウスを読み、そうしてその解説を筆にして・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・上述の未熟な所説についてはさらに考え直さなければならない不備の点も多いことと思われるので、それらの点については読者の示教を仰ぎたいと思うのである。 三 連句と合奏 連句の文学的作品としての著しい特異性の一つと見る・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・こういう訳で、未熟な私は双方の学校を懸持しようなどという慾張根性は更になかったにかかわらず、関係者に要らざる手数をかけた後、とうとう高等師範の方へ行く事になりました。 しかし教育者として偉くなり得るような資格は私に最初から欠けていたので・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・蓋し男女交際法の尚お未熟なる時代には、両性の間、単に肉交あるを知て情交あるを知らず、例えば今の浮世男子が芸妓などを弄ぶが如き、自から男女の交際とは言いながら、其調子の極めて卑陋にして醜猥無礼なるは、気品高き情交の区域を去ること遠し。仮令い直・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・仏経に従うならば五種浄肉は修業未熟のものにのみ許されたこと楞迦経に明かである。これとても最後涅槃経中には今より以後汝等仏弟子の肉を食うことを許されずとされている。その五種浄肉とても前論士の云われた如き余り残忍なる行為によらずしてというごとき・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ その国々で、婦人たちの社会生活条件は其々に違っている。未熟な段階から、より進んだ段階。更にそこまで進んでも猶人間社会の発展の可能は、かくも大きい希望にみちたものであるということを語る段階。ここにも三通りの、生活の悦こびの段階があるので・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
出典:青空文庫