・・・そして、不幸になるまいと絶えず警戒しつつ、本体が何かということは自分の心にもはっきり感じられていない幸福を追っているように見える。 幸福というものを固定した観念で鋳りつけて、そういうものを求める生活の態度は大変人間の智慧のおくれた部分の・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・光りのように閃めき、跳び 貫こうとする我心本体は我にさえ解らず間抜けた侍女のようにいつもあとから「我」が実質の 影を追うのだ。 鶏裏の小屋の鶏真昼 けたたましい声をあげる。昨日も、おとと・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・敵にころされた、というその敵の本体は、年々歳々の税によって養って来た厖大な軍事的政府の権力なのだった。 戦争によって配偶を失った女の人たち、その家族を失った子供たちのために、「救済」という形が考えられているうちは、たとえそれが部分的にか・・・ 宮本百合子 「『この果てに君ある如く』の選後に」
・・・という言葉の本体さえ見きわめられず、漠然、作家も大衆の感情を感情せよという風な流行が生じ、そのことは結果として、あり来った純文学の単純な在来の通俗化をひき起したりしている。『文学界』六月号所載川上喜久子氏の「郷愁」という作品などは、文学の大・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
・・・ ジェスチュアでない世界平和と民主的社会の建設のために誠実な努力をつづけている世界のすべての人がMRAの本体を見きわめているこんにち、片山哲氏が大財閥の三井一門とコーでもてなされて「MRAの機動部隊を日本に派遣されたい」と切望しているの・・・ 宮本百合子 「再武装するのはなにか」
・・・ すりかえられた民主化が、どういう本体をもっているかは、東宝の問題にも示しつくされた。新社長によって代表されている資本家たちの心にとっては、日本の文化のねうちとか、日本人が日本人のいい映画を作り出してゆきたいと願っている情熱などは、全然・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ 政治的成長というものは、いってみればそのような撞着的事象の本体を洞察して、その間から何か積極的な合理的な人間生活建設の可能をとらえてゆく動的な生活的叡智、行動にほかならないのであろうと思う。そして、ある場合には、婦人の真の政治的な成熟・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・実際聖戦の本体は侵略戦争かもしれないが、天皇がそれを命令した以上、人民は従わざるをえない。従った以上勝利を欲する。「赤」のように反対したってはじまらない。それぞれニュアンスの相異はあるにしろ、戦争反対者は「赤」であるという事実の理解では一致・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・その時私は承服し兼ねたが、しかし考えてみると私はディクンスの本体を知らない。それにドストイェフスキイには浪漫派らしい弱点がある。恐らく夏目先生の非難は当たっているのだろう。 けれどもドストイェフスキイの偉大な内生活は表現の上の欠点を消し・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
・・・枝葉よりさらに枝葉に、末節よりさらに末節に移りたる顕し世の煩いを離れたる時、人は初めてその本体に帰る。本体に帰りたる人は自己の心霊を見神を見、向上の奮闘に思い至る。かの芸術が真義愛荘の高き理想を対象として「人生」を表現するはこれがためである・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫