・・・――本式ではありません。とうりてんのお姿では勿体ないと思うのですから。……お心安く願います。」「はい、一応は心得ましてござります。なお念のために伺いますが、それでは、むかし御殿のお姫様、奥方のお姿でござりますな。」「草双紙の絵ですよ・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・勝子は本式に泣きかけた。 城の石垣に大きな電灯がついていて、後ろの木々に皎々と照っている。その前の木々は反対に黒ぐろとした蔭になっている。その方で蝉がジッジジッジと鳴いた。 彼は一人後ろになって歩いていた。 彼がこの土地へ来てか・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・『いよいよ本式になったナ』と自分は将几と小山とを見比べて言った。『そうです、もうここまで行けば後へは退けません』と言い放ったが何となくかれの顔色はすぐれなかった、というものはそのはずだ、彼は故郷なる父母の意に反してその将来を決してい・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・「尺八は本式に稽古したのだろうか、失敬なことを聞くが」「イイエそうではないのでございます、全く自己流で、ただ子供の時から好きで吹き慣らしたというばかりで、人様にお聞かせ申すものではないのでございます、ヘイ」「イヤそうでない、全く・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・どうせ本式の盗棒なら垣根だって御門だって越すから木戸なんか何にもなりゃア仕ないからね」 と半分折れて出たのでお徳「そう言えばそうさ。だからお前さんさえ開閉を厳重に仕ておくれなら先ア安心だが、お前さんも知ってるだろう此里はコソコソ泥棒・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ その日の料理も、本式の会席膳で鯛なども附いていた。私は紋服を着せられた。記念の写真もうつした。「修治さん、ちょっと。」中畑さんは私を隣室へ連れて行った。そこには、北さんもいた。 私を坐らせて、それからお二人も私の前にきちんと坐・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・これは、会主のお宅へ参上してお礼を申し上げるのが本式なのであるが、手紙でも差しつかえ無い。ただ、その御礼の手紙には、必ず当日は出席する、と、その必ずという文字を忘れてはいけないのである。その必ずという文字は、利休の「客之次第」の秘伝にさえな・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・それかと云ってこれらの関係を本式に研究するのはなかなか容易ならぬ難事業で、多数の専門家が永い年月を費やして始めていくらかでも明らかにし得る性質のものであろうと思われる。 あるいはもう疾にこういう研究に着手しておられる方があるかも知れない・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・ いよいよ本式にカンヴァスに筆を取り始めてからも、二、三度見に行った。そしてその描いている時の様子の真剣なのに驚かされた。下絵を描いている時など、まるで剣術の試合でも見るような感じがあった。だんだん仕上げにかかっては、その微細な観察とデ・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・しかしこれも本式に研究してみなければよくはわからない。 近ごろは海の深さを測定するために高周波の音波を船底から海水中に送り、それが海底で反響するのを利用する事が実行されるようになった。これを研究した学者たちが、どの程度まで上・・・ 寺田寅彦 「化け物の進化」
出典:青空文庫