・・・――既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城しなければならない筈である。所が、この逆上では、登城の際、附合の諸大名、座席同列の旗本仲間へ、どんな無礼を働くか知れたものではない。万一それから刃傷沙汰にでもなった日には、板倉・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・お敏さんは何でもこの花が咲いている限り、きっと君は本復するに違いないって、自分も信じりゃ僕たちにも度々云っていたものなんだ。その甲斐があって、君が正気に返ったんだから、同じ不思議な現象にしても、これだけはいかにも優しいじゃないか。」・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・煩っていなさる母さんの本復を祈って願掛けする、「お稲荷様のお賽銭に。」と、少しあれたが、しなやかな白い指を、縞目の崩れた昼夜帯へ挟んだのに、さみしい財布がうこん色に、撥袋とも見えず挟って、腰帯ばかりが紅であった。「姉さんの言い値ほどは、お手・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・遅マキナガラ返上ニ及ビマシタノデ、仰セノ通リアノ時分ノコトヲオモイマスト、何ダカオカシクナリマス病気ヲオタズネ下サイマシタガ、コレハ重イトイエバ重イ、軽イトイエバ軽イ、ドチラニモナリマスノデ、カノ本復スルカト思エバ全快スノ方ノ組デス、当・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ゃないということを、全身に感じたこと、最後に、パン焼職人の荒々しい手を確り握って笑いながら、涕泣しながら、このマカールと仮の名をつけられた逞しい、だが小路へ迷い込んだ民衆の一人が「長い剛情な人生の上に本復したことを感じた」美しい瞬間を、脈う・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・もはや本復は覚束ないと、忠利が悟ったとき、長十郎に「末期が近うなったら、あの不二と書いてある大文字の懸物を枕もとにかけてくれ」と言いつけておいた。三月十七日に容態が次第に重くなって、忠利が「あの懸物をかけえ」と言った。長十郎はそれをかけた。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・四月の初に二人が本復すると、こん度は九郎右衛門が寝た。体は巌畳でも、年を取っているので、容体が二人より悪い。人の好い医者を頼んで見て貰うと、傷寒だと云った。それは熱が高いので、譫語に「こら待て」だの「逃がすものか」だのと叫んだからである。・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・この后は久しい間病気でいられたのに、厨子王の守本尊を借りて拝むと、すぐに拭うように本復せられた。 師実は厨子王に還俗させて、自分で冠を加えた。同時に正氏が謫所へ、赦免状を持たせて、安否を問いに使いをやった。しかしこの使いが往ったとき、正・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫