・・・ええ、どうだい、生酔本性違わずで、間違の無い事を言うだろう。」「何ならお供をいたしましょう、ええ、旦那。」「お供だ? どこへ。」「お馴染様でございまさあね。」「馬鹿にするない、見附で外濠へ乗替えようというのを、ぐっすり寐込ん・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 小さな白鳥は、はじめて、これによって、敏捷な、本性を目ざめさせられたのです。こののち、どんなときに、油断をしてはならないかということを知りました。 春もすぎて、夏のころには、魚の子供は、もう、大きくなりました。やがて、お母さんにな・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・それを拒もうとする羞恥心よりも、何かにすがりつきたいという本能の方が強いというのが、女の本性であることを、小沢は知っていた。 好奇心は女の方が強いのだ。しかも若い娘の場合は、一層はげしいのだ。 そう知っていながら、小沢はしかし腕を伸・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 水野は、これだけはご免だとまじめで言う、いよいよ他の者はこいつおもしろいと迫る、例の酒癖がついに、本性を現わして螺のようなやつを突きつけながら、罰杯の代にこれだと叫んだ。強迫である。自分はあまりのことだと制止せんとする時、水野、そんな・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・ 権利思想の発達しないのは、東洋の婦人の時代遅れの点もあろうが、われわれはアメリカ婦人のようなのが、婦人として本性にかなった正常な姿ではなく、やはり社会の欠陥から生じた変態であって、われわれは早く東洋的な、理想的国家をつくって、東洋婦人・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・今これらを詳述する紙幅はないが、ギヨーは『義務と制裁のない道徳論』において、生命の維持特に自我の本性である個性の維持と発展とを主張した。彼によれば、それ自体最高の価値を持ったものは個性であり、個性は何ものの手段ともすべからざるものである。個・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・「人間は、一緒に旅行をすると、その旅の道連れの本性がよくわかる。」 旅は、徒然の姿に似て居ながら、人間の決戦場かも知れない。 この巻の井伏さんの、ゆるやかな旅行見聞記みたいな作品をお読みになりながら、以上の私の注進も、読者はその・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・人間の本性というものは或いはもともと冷酷無残のものなのかも知れません。肉体が疲れて意志を失ってしまったときには、鎧袖一触、修辞も何もぬきにして、袈裟がけに人を抜打ちにしてしまう場合が多いように思われます。悲しいことですね。この「女の決闘」と・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・私は悪魔の本性を暴露していた。 私は、その夜、やっとわかった。私は、出世する型では無いのである。諦めなければならぬ。衣錦還郷のあこがれを、此の際はっきり思い切らなければならぬ。人間到るところに青山、と気をゆったり持って落ちつかなければな・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・その次の写真に於いて、既に間抜けの本性を暴露している。これもやはり高等学校時代の写真だが、下宿の私の部屋で、机に頬杖をつき、くつろいでいらっしゃるお姿だ。なんという気障な形だろう。くにゃりと上体をねじ曲げて、歌舞伎のうたた寝の形の如く右の掌・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
出典:青空文庫