・・・写真屋というと気が利いているが、宿場外れの商人宿めいたガサガサした下等な家で、二葉亭の外にも下宿人があったらしく、写真屋が本業であった乎、下宿屋が本業であった乎、どちらとも解らない家であった。 秋の一夜偶然尋ねると、珍らしく微醺を帯びた・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・かねがね八卦には趣味をもっていたが、まさか本業にしようとは思いも掛けて居らず、講習所で免状を貰い、はじめて町へ出る晩はさすがに印刷機械の油のにおいを想った。道行く人の顔がはっきり見えぬほど恥しかったが、それでも下宿で寝ている照枝のことを想う・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・これは芸術に志す者の第一の本業である故に、絶え間なく書かねばならぬ。芸術は一つの技術である。技術は何によらず練習するより他に上達する道はない。一つ書くごとに成長してゆくものである。ロダンなどは絶え間なく練習していたということである。・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
・・・廷珸と同じ徽州のもので、親類つづきだなどいっていたが、この男はしんしんの間にも遊び、少しは鼎彝書画の類をも蓄え、また少しは眼もあって、本業というのではないが、半黒人で売ったり買ったりもしようという男だ。こういう男は随分世間にもあるもので、雅・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・本来を云うと私はそういう社交機関よりも、諸君が本業に費やす時間以外の余裕を挙げて文学書を御読みにならん事を希望するのであります。これは我が田へ水を引くような議論にも見えますが、元来文学上の書物は専門的の述作ではない、多く一般の人間に共通な点・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・はなはだしきは権家に出入して官の事業を探索する等、無用の時を費して本業を忘るるにいたる。その失、二なり。一、官の学校にては、おのずから衣冠の階級あるがゆえに、正しく学業の深浅にしたがって生徒席順の甲乙を定め難き場合あり。この弊を除くの一・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・「それで狩猟に、前業と本業と後業とあることはよくわかったろう。前業は養鶏を奨励すること、本業はそれを捕ること、後業はそれを喰べることと斯うである。 前業の養鶏奨励の方法は、だんだん詳しく述べるつもりであるが、まあその模範として一例を・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・副業が本業になることを恐れるためである」その問題は、それらの純朴な村の娘たちが一心に精密加工をする作業場を村営とするか、個人に対して多すぎる分は村へ寄附すればよいと解決されたのであった。 この間の消息を詳細に眺めると、やはりそこには無量・・・ 宮本百合子 「新しい婦人の職場と任務」
・・・ 私は創作をするということは、作家の本業だとは思わない。作家の本業というのは、日々の生活に際して、態度を定めていくということだ。この態度から生れて来る創作というものは、その結果からにちがいはないとしても、創作をするという動作は、たしかに・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫