・・・そして鸚鵡のかごが本箱の上に置いてあります。「樋口さん樋口さん」と突然鸚鵡が間のぬけた調子で鳴いたので、「や、こいつは奇体だ、樋口君、どこから買って来たのだ、こいつはおもしろい」と、私はまだ子供です、実際おもしろかった、かごのそばに・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・元来其頃は非常に何かが厳重で、何でも復習を了らないうちは一寸も遊ばせないという家の掟でしたから、毎日々々朝暗いうちに起きて、蝋燭を小さな本箱兼見台といったような箱の上に立てて、大声を揚げて復読をして仕舞いました。そうすれば先生のところから帰・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・私たちは宿屋の離れ座敷にあった古い本箱や机や箪笥なぞを荷車に載せ、相前後して今の住居に引き移って来たのである。 今の住所へは私も多くの望みをかけて移って来た。婆やを一人雇い入れることにしたのもその時だ。太郎はすでに中学の制服を着る年・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・それは本箱の右の引き出しに隠して在る。逝去二年後に発表のこと、と書き認められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二カ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりす・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・その本箱の上へどうだろう。」「お酒は? コップで?」「深夜の酒は、コップに注げ、とバイブルに在る。」 私は嘘を言った。 キクちゃんは、にやにや笑いながら、大きいコップにお酒をなみなみと注いで持って来た。「まだ、もう一ぱい・・・ 太宰治 「朝」
・・・ 夫は、隣の部屋に電気をつけ、はあっはあっ、とすさまじく荒い呼吸をしながら、机の引出しや本箱の引出しをあけて掻きまわし、何やら捜している様子でしたが、やがて、どたりと畳に腰をおろして坐ったような物音が聞えまして、あとはただ、はあっはあっ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 本箱を捜して本を二冊取り出した。『枕草子』と『伊勢物語』の二冊である。これに拠って、日本古来の随筆の伝統を、さぐって見ようと思ったのである。何かにつけて愚鈍な男である。」 と、そこまでは、まず大過なかったのであるが、「けれども」と・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・ここに、あの作家の選集でもあると、いちいち指摘出来るのだろうが、へんなもので、いま、女房と二人で本箱の隅から隅まで探しても一冊もなかった。縁がないのだろうと私は言った。夜更けていたけれども、それから知人の家に行き、何でもいいから志賀直哉のも・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・それは本箱の右の引き出しに隠して在る。逝去二年後に発表のこと、と書き認められた紙片が、その蓄積された作品の上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二ヶ月後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりす・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・は実に原始的なものであった。本箱の上に釘を二本立ててその間にわずかに三寸四角ぐらいの紙を張ったのがスクリーンである。ほぼこれと同大のガラス板に墨と赤および緑のインキでいいかげんな絵を描いたのをこの小さなスクリーンの直接の背後へくっつけて立て・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
出典:青空文庫