・・・ 机と本箱はあった。その外には幾枚かのカンヴァスの枠に張ったのが壁にたてかけてあったのと、それから、何かしら食器類の、それも汚れたのが、そこらにころがっていたかと思うが、それもたしかではない。 一つ確かに覚えているのは、レンブラント・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・三吉は首をふって、ごまかすために自分の本箱のところへいって、小野からの手紙などとって、仕事場にもどってくる。――どうして、若い女にみられるのが、こんなにはずかしいだろう? 手紙をよみかえすふりして、三吉は考えている。竹細工の仕事は幼少か・・・ 徳永直 「白い道」
・・・大人の本箱になってきた。焼くのは本当に惜しいと思います。手に入らないばかりでなく、質的にもうない本ばかりですから。行き違いにお手紙が来るのでしょうね。誰も行く人がなくてごめんなさい。気にしています。 十一月十一日 〔巣鴨拘置所の顕治・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・そんな情景は紫檀の本箱のつまった二階の天地とは異った人間くささで活々としている。祖父は井上円了の心霊学に反対して立会演説などをやったらしいが、祖父の留守の夜の茶の間では、祖母が三味線をひいて「こっくりさん」を踊らしたりした。夫婦生活としてみ・・・ 宮本百合子 「繻珍のズボン」
・・・ 八畳の隅を一つの大きな本棚と一つの本立て、本箱とで区切った勉強部屋の卓子の前に坐って、小説をよみ、空想に耽って居るとき、ふと、コトコトと何処かで働き廻って居る彼の音をきくと寛大な、寂しい、何処かに不愉快な微笑が湧いた。彼は、持って居る・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・いつも使っていない二階は不思議な一種の乾いた匂いが漂っていて、八畳の明るい座敷の方から隣の小部屋の一方には紫檀の本箱がつまっていて、艷よく光っていた。森閑としたなかでそうやって光っている本箱はやはりこわさを湛えていて、おじいさまの御本だよ、・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・ 私は、自分の四方を本箱とおもちゃでかこまれた書斎の中で心を浄めて行く様な雨だれの音をききながらそう思って居ります。 荒れた土の肌もさぞ美くしく御化粧されて行く事でござんしょう。 あれまあ、闇の中で木の葉の露が目の痛いほど輝いて・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・西洋から持って来た書物が多いので、本箱なんぞでは間に合わなくなって、この一間だけ壁に悉く棚を取り附けさせて、それへ一ぱい書物を詰め込んだ。棚の前には薄い緑色の幕を引かせたので、一種の装飾にはなったが、壁がこれまでの倍以上の厚さになったと同じ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・窓に向き合った壁と、その両翼になっているところとに本箱がある。 久保田はしばらく立って、本の背革の文字を読んでいた。わざと揃えたよりは、偶然集まったと思われる collection である。ロダンは生れつき本好で、少年の時困窮して、Br・・・ 森鴎外 「花子」
・・・ この時すぐに目を射たのは、机の向側に夷麦酒の空箱が竪に据えて本箱にしてあることであった。しかもその箱の半以上を、茶褐色の背革の大きい本三冊が占めていて、跡は小さい本と雑記帳とで填まっている。三冊の大きい本は極新しい。薄暗い箱から、背革・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫