・・・沢本 俗物の本音を出したな。花田 俺がそんなことでもして大きな儲けをしたら俗物とでもなんとでもいうがいい。融通のきかないのをいいことにして仙人ぶってるおまえたちとは少し違うんだから。……ところで九頭竜が大部頭を縦にかしげ始めた。・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ ことばには立派に言って別れたものの、それは神ならぬ人間の本音ではない。余儀ない事情に迫られ、無理に言わせられた表面の口の端に過ぎないのだ。 おとよは独身になって、省作は妻ができた。諦めるとことばには言うても、ことばのとおりに心はな・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・よくよく僕は卑恐の本音を出したもんやらしい。」「それは僕に解釈さして呉れるなら」と、僕は口を出して、「気狂いとまで一方に思った軍曹の、大胆な態度に君が深く打たれたので、夢中な心にもそれを忘れかねたんだろう。」「それ、さ。」友人は卓を・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・何処に自分が変っている、やはりこれが自分の本音だろう。 可愛い可愛いお露が遊びに来たから、今日はこれで筆を投げる。 五月四日 自分が升屋の老人から百円受取って机の抽斗に納ったのは忘れもせぬ十月二十五日。事の初がこの日で、その後自・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そうして、そのあとでやっぱり日本酒の方がいいと云って本音をはいたので大笑いになったことを覚えている。 自分もその海水浴のときに「玉ラムネ」という生れて始めてのものを飲んで新しい感覚の世界を経験したのはよかったが、井戸端の水甕に冷やしてあ・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・教育者の手首が堅くてはせっかくの上等な子供の能力の弦線も充分な自己振動を遂げることができなくて、結局生涯本音を出さずにおしまいになるであろう。 政治の事は自分にはわからない。しかし歴史を読んでみると、為政者が君国のために、蒼生のためにそ・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・といったということが新聞にでていますが、これはなまよい本性にたがわず、本音でしょう。もちろんあとから本人にきけば「何もおぼえていない」でしょうが極東裁判で天皇が責任をもたないということを明瞭にされて大変によろこんだのは誰だったでしょう、国民・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・手におえないようなあばずれ者にも真に人間らしい本音を吐かせる。 しかし我をなくすることによって個性の色はいささかも薄くならない。かえって強烈に深刻に現われて行く。 ――こういう事を考えるようになってから自分はどういう風に変化したか。・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫