・・・恐らくは僕の子供たちも、――しかし僕はそこへ帰ると、おのずから僕を束縛してしまう或力を恐れずにはいられなかった。運河は波立った水の上に達磨船を一艘横づけにしていた。その又達磨船は船の底から薄い光を洩らしていた。そこにも何人かの男女の家族は生・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・居処って奴は案外人間を束縛するもんだ。何処かへ出ていても、飯時になれあ直ぐ家のことを考える。あれだけでも僕みたいな者にゃ一種の重荷だよ。それよりは何処でも構わず腹の空いた時に飛び込んで、自分の好きな物を食った方が可じゃないか。何でも好きなも・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・自由に対する慾望とは、啻に政治上または経済上の束縛から個人の意志を解放せむとするばかりでなく、自己みずからの世界を自己みずからの力によって創造し、開拓し、司配せんとする慾望である。我みずから我が王たらんとし、我がいっさいの能力を我みずから使・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・だれも束縛するようなもののいない、そして、暗い夜というようなものもない、まったく自由で、一日明るい昼ばかりのよい国がありますよ。」「それは、いったいどこだ。」「それですか、西の紅い夕焼けのする国です。毎日、あなたはその方を見るでしょ・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・何者の権力を以てしても、この自由を束縛することができない。 私は、童話の世界を考えた時に、汚濁の世界を忘れます。童話の創作熱に魂の燃えた時に、はじめて、私の眼は、無窮に、澄んで青い空の色を瞳に映して、恍惚たることを得るのであります。・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・ 由来人間にはその時代に束縛せられず、又階級に拘束されずして、昔も今も人として立って行くべき上に、美くしい事、正しい事の感激がある。たゞその感激の表われが時代によっては違う。とにかくすべての人間は自然の上に対してある感激を有する。この美・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・私はことの意外に驚いて、この学校は自由をモットーとしているのに、生徒の頭の型まで束縛して、一定の型にはめてしまおうとするのであるかと、早口で言った。すると自治委員の言うのには、寮では寮生のすべては丸刈りたるべしという規則がある。郷に入れば郷・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 家人を相手に言ったのは、何気なく出た冗談だったが、ふと思えば、前代未聞の言論の束縛を受けたあと未曾有の言論の自由が許された今日、永い間の念願も果せるわけだった。 しかし、公判記録を読んでからもう三年になる。三年の歳月は私の記憶を薄・・・ 織田作之助 「世相」
・・・あまり小さく、窮屈に男性を束縛するのは、男性の世界を理解しないものだ。小さい几帳面な男子が必ずしも妻を愛し、婦人を尊敬するものではない。大事なところで、献身的につくしてくれるものでもない。要は男性としての本質を見よ。夫としてのたのみがいを見・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・こゝでは、戦争に対する嫌悪、恐怖、軍隊生活が個人を束縛し、ひどく残酷なものである、というようなことが、強調されている。家庭での、平和な生活はのぞましいものである。戦場は、「一兵卒」の場合では、大なる牢獄である。人間は、一度そこへ這入ると、い・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
出典:青空文庫