・・・そこで黐で獲った鴨を、近所の鳥屋から二羽買って来させることにした。すると小杉君が、「鉄砲疵が無くっちゃいけねえだろう、こゝで一発ずつ穴をあけてやろうか」と云った。 けれども桂月先生は、小供のように首をふりながら、「なに、これでたくさんだ・・・ 芥川竜之介 「鴨猟」
・・・おかあさんが女中に牛乳で煮たおかゆを持って来させた。ポチは喜んでそれを食べてしまった。火事の晩から三日の間ポチはなんにも食べずにしんぼうしていたんだもの、さぞおかゆがうまかったろう。 ポチはじっとまるまってふるえながら目をつぶっていた。・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 魚友は意気な兄哥で、お来さんが少し思召しがあるほどの男だが、鳶のように魚の腹を握まねばならない。その腸を二升瓶に貯える、生葱を刻んで捏ね、七色唐辛子を掻交ぜ、掻交ぜ、片襷で練上げた、東海の鯤鯨をも吸寄すべき、恐るべき、どろどろの膏薬の・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ とその四冊を持って立つと、「路が悪い、途中で落して汚すとならぬ、一冊だけ持って来さっしゃい、また抱いて寝るのじゃの。」 と祖母も莞爾して、嫁の記念を取返す、二度目の外出はいそいそするのに、手を曳かれて、キチンと小口を揃えて置い・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・けるのに――市が立つと土足で糶上るのだからと、お町が手巾でよく払いて、縁台に腰を掛けるのだから、じかに七輪の方がいい、そちこち、お八つ時分、薬鑵の湯も沸いていようと、遥な台所口からその権ちゃんに持って来させて、御挨拶は沢山……大きな坊やは、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・――御窮屈なら、お父さん、おさきへ御飯を持って来させますから」と、僕は手をたたいて飯を呼んだ。「お父さんは御飯を頂戴したら、すぐお帰りよ」と、お袋はその世話をしてやった。 僕は女優問題など全く撤回しようかと思ったくらいだし、こんなお・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ ある日は吉田はまた鏡を持って来させてそれに枯れ枯れとした真冬の庭の風景を反射させては眺めたりした。そんな吉田にはいつも南天の赤い実が眼の覚めるような刺戟で眼についた。また鏡で反射させた風景へ望遠鏡を持って行って、望遠鏡の効果があるもの・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・むりやりに来させられたのだ。――それすら、彼等は、今、殆んど忘れかけていた。 彼等の思っていることは、死にたくない。どうにかして雪の中から逃がれて、生きていたい。ただそればかりであった。 雪の中へ来なければならなくせしめたものは、松・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・これなどまだ小心で正直な方だが口先のうまい奴は、これまでの取りつけの米屋に従来儲けさしているんだからということを笠にきて外米入らずを持って来させる。問屋と取引のある或る宿屋では内地米三十俵も積重ねる。それを売って呉れぬかというと、これはお客・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・それは水の流れの上ゲ下ゲに連れて、その土が解け、餌が出る、それを魚が覚えて、そして自然に魚を其処へ廻って来させようというためなのだよ。だからこういう事をお前に知らせるのは私に取って得なことではないけれども、わたしがそれだけの事を彼処に対して・・・ 幸田露伴 「蘆声」
出典:青空文庫