・・・いかんとなれば、狂せるお貞は爾来世の人に良人殺しの面を見られんを恥じて、長くこの暗室内に自らその身を封じたるものなればなり。渠は恐懼て日光を見ず、もし強いて戸を開きて光明その膚に一注せば、渠は立処に絶して万事休まむ。 光を厭うことかくの・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
十一月十五日栃木県氏家在狭間田に開かれたる聖書研究会に於て述べし講演の草稿。 聖書は来世の希望と恐怖とを背景として読まなければ了解らない、聖書を単に道徳の書と見て其言辞は意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・三をあげれば、天寿をまっとうして死ぬのでなく、すなわち、自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾その他の原因から夭折し、当然うけるであろう、味わうであろう生を、うけえず、味わいえないのをおそれるのである。来世の迷信から、その妻子・眷属にわかれて・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・とに伴なう諸種の事情である、其二三を挙ぐれば、天寿を全うして死ぬのでなく、即ち自然に老衰して死ぬのでなくして、病疾其他の原因から夭折し、当然享くべく味うべき生を、享け得ず味わい得ざるを恐るるのである、来世の迷信から其妻子・眷属に別れて独り死・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・左れば古来世に行わるゝ和文字の事も単に之を美術の一部分として学ぶは妙なりと雖も、女子唯一の学問と認めて畢生勉強するが如きは我輩の感服せざる所なり。一 女子の徳育には相当の書籍もある可し、父母長者の物語もある可しと雖も、書籍読むよりも物語・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・万葉とは対蹠的な罪業や来世の観念に貫かれた王朝の精神というものを、万葉とともに、抽象的な情熱として愛するということは、殆ど理解しがたい迄に困難である。 このように相反する時代精神を享受する情熱が、何故に芭蕉の芸術的精神を肯けないのであろ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・自然の美に酔いては宇宙に磅たる悲哀を感得し、自然の寂寥に泣いては人の世の虚無を想い来世の華麗に憧憬す。胸に残るただ一つは花の下にて春死なんの願いである。西行はかく超越を極めた。しかれども霊的執着は薄弱である。彼の蹈む人道は誠に責任を無視して・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫