・・・例えば伽羅くさき人の仮寝や朧月女倶して内裏拝まん朧月薬盗む女やはある朧月河内路や東風吹き送る巫が袖片町にさらさ染るや春の風春水や四条五条の橋の下梅散るや螺鈿こぼるゝ卓の上玉人の座右に開く椿かな梨の花月・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 行って東風に頼んで来よう。少しはっきり下界の音を運びすぎる。――おやすみなさい、神々。今貴方がたの睡って被居るのは、私が醒てるより人間達のよろこびでしょう。ヴィンダーブラ、この時、悪夢に襲われたように低い呻き声を・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・そこでは吐き出された炭酸瓦斯が気圧を造り、塵埃を吹き込む東風とチブスと工廠の煙ばかりが自由であった。そこには植物がなかった。集るものは瓦と黴菌と空壜と、市場の売れ残った品物と労働者と売春婦と鼠とだ。「俺は何事を考えねばならぬのか。」と彼・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫