・・・ 榎の梢を、兎のような雲にのって。「桃色の三日月様のように。」 と言った。 松島の沿道の、雨晴れの雲を豆府に、陽炎を油揚に見物したという、外道俳人、小県の目にも、これを仰いだ目に疑いはない。薙刀の鋭き刃のように、たとえば片鎌・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「いや、今朝は松島から。」 と袖を組んで、さみしく言った。「御風流でがんす、お楽みでや。」「いや、とんでもない……波は荒れるし。」「おお。」「雨は降るし。」「ほう。」「やっと、お天気になったのが、仙台からこっ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・かね又は新世界にも千日前にも松島にも福島にもあったが、全部行きました。が、こんな食気よりも私をひきつけたものはやはり夜店の灯です。あのアセチリン瓦斯の匂いと青い灯。プロマイド屋の飾窓に反射する六十燭光の眩い灯。易者の屋台の上にちょぼんと置か・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 十九日、夜来の大雨ようよう勢衰えたるに、今日は待ちに待ちたる松島見んとて勇気も日頃にましぬ。いでやと毛布深くかぶりて、えいさえいさと高城にさしかかれば早や海原も見ゆるに、ひた走りして、ついに五大堂瑞岩寺渡月橋等うちめぐりぬ。乗合い船に・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・彼処から奥州の方へ旅をして、帰って来て、『松島に於て芭蕉翁を読む』という文章を発表したが、その旅から帰る頃から、自分でも身体に異状の起って来た事を知ったと見えて、「何でも一つ身体を丈夫にしなくちゃならない」というので、国府津の前川村の方へ引・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・ ラジオニュース「松島事件」の○○氏は保釈出獄しました由、大阪電話。 From Annette & Sylvie “Annette felt that, alone, she was in・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・それへ引き越すとすぐに仲平は松島まで観風旅行をした。浅葱織色木綿の打裂羽織に裁附袴で、腰に銀拵えの大小を挿し、菅笠をかむり草鞋をはくという支度である。旅から帰ると、三十一になるお佐代さんがはじめて男子を生んだ。のちに「岡の小町」そっくりの美・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫