・・・すると思いがけなく彼女の口から、兵衛らしい侍が松江藩の侍たちと一しょに、一月ばかり以前和泉屋へ遊びに来たと云う事がわかった。幸、その侍の相方の籤を引いた楓は、面体から持ち物まで、かなりはっきりした記憶を持っていた。のみならず彼が二三日中に、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・「僕は君が知っている通り、松江に田を持っている。そうして毎年秋になると、一年の年貢を取り立てるために、僕自身あそこへ下って行く。所がちょうど去年の秋、やはり松江へ下った帰りに、舟が渭塘のほとりまで来ると、柳や槐に囲まれながら、酒旗を出し・・・ 芥川竜之介 「奇遇」
一 松江へ来て、まず自分の心をひいたものは、この市を縦横に貫いている川の水とその川の上に架けられた多くの木造の橋とであった。河流の多い都市はひとり松江のみではない。しかし、そういう都市の水は、自分の知っ・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・――ここで言っては唐突で、ちと飛離れているけれど、松江だね、出雲の。……茶町という旅館間近の市場で見たのは反対だっけ――今の……」 外套の袖を手で掲げて、「十貫、百と糶上げるのに、尾を下にして、頭を上へ上へと上げる。……景気もよし、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・余りの或るお城下まちに、中学校長として赴任して来て、恰好の借家もなかったので、町はずれの、もうすぐ山に近いところに一つ離れてぽつんと建って在るお寺の、離れ座敷、二部屋拝借して、そこに、ずっと、六年目に松江の中学校に転任になるまで、住んでいま・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・雷蔵の治兵衛、高麗三郎の孫右衛門、栄升の太兵衛に蝶昇の善六。二番目は「河内山」で蝶昇が勤めた。雷蔵の松江侯と三千歳、高麗三郎の直侍などで、清元の出語りは若い女で、これは馬鹿に拙い。延久代という名取名を貰っている阿久は一々節廻しを貶した。捕物・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・十二月、宮本と松江市、米子市、大阪、山口市等の講演旅行に行った。十二月に新しい日本の民主的文学へのよびかけとして「歌声よおこれ」を新日本文学創刊号のために書いた。近代文学のために「よもの眺め」を書いた。主としてジュール・ロマンの「ヨ・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫