・・・ 種の保存の任務を果たす前は雄が中央にのさばって雌を片わきに押しよせている。それが、役目がすむと直ちに枯死してしまった、あとは、次の世代を胎んだ雌のひとり天下になると見える。蜜蜂やかまきりの雄の運命ともよく似たところがあるのである。蜜蜂・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 猫を捨てに出た人が格好の捨場を求めて歩いて行くうちに一つの橋の袂に来たとすれば、その人はまたおそらく当然そこでその目的の行為を果たすに相違ない。これは何故であろうか。橋の袂は交通線上の一つの特異点であって、歩行者の心のテンポにある加速・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・それぞれの型の学者が、それぞれの型に応じてその正当の使命を果たすことによって科学は進むのであろう。 それはとにかく、この三型を識別するための簡単で手近なメンタルテストの問題として「黒焼き」の問題が役立つのはおもしろい。 炭は炭でもそ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・二月頃から、一度子供連れで熱海へでも行ってみようと云っていたが、日曜というと天気が悪かったり、天気がいいと思うときっと何かしら差障りがあって、とうとう四月二十日の今日の日曜までこのささやかな欲望を果たす機会がなかった。実に瑣末な事柄ではある・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・としての新聞のほんとうの使命を果たすためには、それはむしろやむを得ない当然の事ではないかと思っている。あらゆる方面の文化の先達となるためには、なるだけの根底を作らなくては無理ではあるまいか。 このような考えから私の「実験」は一つの夢・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・すると後者はその債務を果たすまでその円以外に踏み出す事が出来ない。もし出れば死刑に処せられる。 こういう法律は今日では賛成者が少なそうに思われる。債務者の方が多数だから。 七 三七二頁には次のような話があ・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・ 雪江との約束を果たすべく、私は一日須磨明石の方へ遊びにいった。もちろんこの辺の名所にはすべて厭な臭味がついているようで、それ以上見たいとは思わなかったし、妻や子供たちの病後も気にかかっていたので、帰りが急がれてはいたが……。 ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・従来の徳育法及び現今とても教育上では好んで義務を果す敢為邁往の気象を奨励するようですがこれは道徳上の話で道徳上しかなくてはならぬもしくはしかする方が社会の幸福だと云うまでで、人間活力の示現を観察してその組織の経緯一つを司どる大事実から云えば・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・れを世に類いなき美しき女と名乗り給え、アーサーの養える名高き鷹を獲て吾許に送り届け給えと、男心得たりと腰に帯びたる長き剣に盟えば、天上天下に吾志を妨ぐるものなく、遂に仙姫の援を得て悉く女の言うところを果す。鷹の足を纏える細き金の鎖の端に結び・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・私の世界的世界形成と云うのは、各国家各民族がそれぞれの歴史的地盤に於て何処までも世界史的使命を果すことによって、即ちそれぞれの歴史的生命に生きることによって、世界が具体的に一となるのである、即ち世界的世界となるのである。世界が具体的に一とな・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
出典:青空文庫