・・・水は川から灌いで、橋を抜ける、と土手形の畦に沿って、蘆の根へ染み込むように、何処となく隠れて、田の畦へと落ちて行く。 今、汐時で、薄く一面に水がかかっていた。が、水よりは蘆の葉の影が濃かった。 今日は、無意味では此処が渡れぬ、後の橋・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・破れた靴の綻びからは、雪が染み込む。 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・されども少しく考え見るときは、身の挙動にて教うることは書を読みて教うるよりも深く心の底に染み込むものにて、かえって大切なる教育なれば、自身の所業は決して等閑にすべからず。つまる処、子供とて何時までも子供にあらず、直に一人前の男女となり、世の・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・梨も同し事で冬の梨は旨いけれど、ひやりと腹に染み込むのがいやだ。しかしながら自分には殆ど嫌いじゃという菓物はない。バナナも旨い。パインアップルも旨い。桑の実も旨い。槙の実も旨い。くうた事のないのは杉の実と万年青の実位である。〔『ホトトギス』・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ 苔の厚い庭土にしとしとと染み込む雨足だの、ポトーリポトーリと長閑らしく落ちる雨垂れの音などに気がまとめられて、手の先から足の爪先まで張り切った力でまるで、我を忘れた気持で仕事をしつづけて居た。 嬉しさに胸がドキドキする様であった。・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
出典:青空文庫