縁日 柳行李 橋ぞろえ 題目船 衣の雫 浅緑記念ながらと散って、川面で消えたのが二ツ三ツ、不意に南京花火を揚げたのは寝ていたかの男である。 斉しく左右へ退いて、呆気に取られた連の両人を顧みて・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・と、私は床の間の本箱の側に飾られた黒革のトランクや、革具のついた柳行李や、籐の籠などに眼を遣りながら、言った。「まあね。がこれでまだ、発つ朝に塩瀬へでも寄って生菓子を少し仕入れて行かなくちゃ……」 壁の衣紋竹には、紫紺がかった派手な・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・兼ねて此部屋には戸棚というものが無いからお秀は其衣類を柳行李二個に納めて室の片隅に置ていたのが今は一個も見えない、そして身には浴衣の洗曝を着たままで、別に着更えもない様な様である。六畳の座敷の一畳は階子段に取られて居るから実は五畳敷の一室に・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・それを柳行李につめさせてなどと家のものが語り合うのも、なんとなく若者の旅立ちの前らしかった。 次郎の田舎行きは、よく三郎の話にも上った。三郎は研究所から帰って来るたびに、その話を私にして、「次郎ちゃんのことは、研究所でもみんな知って・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・夫の手伝いなしには、碌に柳行李一つ纏めることも出来なかった。見るに見兼ねて、大塚さんは彼女の風呂敷包までも包み直して遣った。車に乗るまでも見て遣った。まるで自分の娘でも送り出すように。それほど無邪気な人だった。 納戸から、部屋を通して、・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・東京から持って来た柳行李には碌な着物一枚入っていない。その中には洗い晒した飛白の単衣だの、中古で買求めて来た袴などがある。それでも母が旅の仕度だと言って、根気に洗濯したり、縫い返したりしてくれたものだ。比佐の教えに行く学校には沢山亜米利加人・・・ 島崎藤村 「足袋」
・・・命をかけても守って見せると、ひとりでこっそり緊張している。柳行李の中に、長女からもらった銀のペーパーナイフを蔵してある。懐剣のつもりなのである。色は浅黒いけれど、小さく引きしまった顔である。身なりも清潔に、きちんとしている。左の足が少し悪く・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ ともかくも古い柳行李のふたに古い座ぶとんを入れたのを茶の間の箪笥の影に用意してその中に三毛をすわらせた。しかし平生からそのすわり所や寝所に対してひどく気むずかしいこの猫は、そのような慣れない産室に一刻も落ち着いて寝てはいなかった。そし・・・ 寺田寅彦 「子猫」
・・・嘗て柳行李のなかから、紺絣の着物や、目醒し時計と一緒くたに出て来たガラスのペン皿は、わったりしたくないと思ってつかっている。 琉球のある女のひとがくれた一対の小さい岱赭色の土製の唐獅子が、紺色の硯屏の前においてある。この唐獅子は、その女・・・ 宮本百合子 「机の上のもの」
出典:青空文庫