・・・しかし伏目勝ちな牧野の妻が、静に述べ始めた言葉を聞くと、彼女の予想は根本から、間違っていた事が明かになった。「いえ、御願いと申しました所が、大した事でもございませんが、――実は近々に東京中が、森になるそうでございますから、その節はどうか・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・所が駈けつけるともう一度、御影の狛犬が並んでいる河岸の空からふわりと来て、青光りのする翅と翅とがもつれ合ったと思う間もなく、蝶は二羽とも風になぐれて、まだ薄明りの残っている電柱の根元で消えたそうです。 ですからその石河岸の前をぶらぶらし・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・しかしこの議論には、詩そのものを高価なる装飾品のごとく、詩人を普通人以上、もしくは以外のごとく考え、または取扱おうとする根本の誤謬が潜んでいる。同時に、「現代の日本人の感情は、詩とするにはあまりに蕪雑である、混乱している、洗練されていない」・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・菓園に美菓を得る如く、以上の如き美風に依て養われたる民族が、遂に世界に優越せるも決して偶然でないように思われる、欧洲の今日あるはと云わば、人は必ず政体を云々し宗教を云々し学問を云々す、然れども思うに是根本問題にはあらず、家庭的美風は、人とい・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・馬琴の人生観や宇宙観の批評は別問題として、『八犬伝』は馬琴の哲学諸相を綜合具象した馬琴宗の根本経典である。 三 『八犬伝』総括評 だが、有体に平たくいうと、初めから二十八年と予定して稿を起したのではない。読者の限・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ こうした根本の性格矛盾が始終二葉亭の足蹟に累を成していた。最一つ二葉亭は洞察が余り鋭ど過ぎた、というよりも総てのものを畸形的立体式に、あるいは彎曲的螺旋式に見なければ気が済まない詩人哲学者通有の痼癖があった。尤もこういう痼癖がしばしば・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そして悪いという事に就いて根本的に無自覚である。唯世の中は胡魔化して行けば可いというような事しか考えていない。この一事を見ても、子供心に信仰を有たしめるものは、全く母の感化である。 最近の新聞紙は、三山博士の子供が三人共家出をして苦しん・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
一 根本的用意とは何か 一概に文章といっても、その目的を異にするところから、幾多の種類を数えることが出来る。実用のための文書、書簡、報道記事等も文章であれば、自己の満足を主とする紀行文、抒情叙景文、論文等も文章である。 こゝ・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・こうした将棋の根本を狙った氏の独創的作戦であったのです」といたわりの言葉をもってかばっている。花田八段の人物がしのばれるのである。 花田八段はその対局中しばしば対局場を間違えたということである。天龍寺の玄関を上って左へ折れすぐまた右へ折・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・それに一体君は、魔法使いの婆さん見たいな人間は、君に仕事をさせて呉れるような方面にばかし居るんだと思ってるのが、根本の間違いだと思うがな。吾々の周囲――文壇人なんてもっとひどいものかも知れないからね。君のいう魔法使いの婆さんとは違った、風流・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫