・・・もう今日の洋画家中唯一の浅井忠氏を除けばいずれも根性の卑劣なぼうしつの強い女のような奴ばかりで、浅井氏が今度洋行するとなると誰れもその後任を引受ける人がない。ないではないが浅井の洋行が厭であるから邪魔をしようとするのである。驚いたものだ。不・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・は大変心持が好いのであるが、深くその裏面に立ち入って内省して見ると、願くはこの義務の束縛を免かれて早く自由になりたい、人から強いられてやむをえずする仕事はできるだけ分量を圧搾して手軽に済ましたいという根性が常に胸の中につけまとっている。その・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・目の婆さんは、瞬きもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目の間に現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至りだ、この二婆さんの呵責に逢てより以来、余が猜疑心はますます深くなり、余が継子根性は日に日に増長し、ついには明け放しの・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・輪になった帯の間から根性に似合わない優しい顔が眠っていた。何を考えているんだか、あの眼の光は俺には解らなかった。旦那衆のように冷たくは光らなかった。憤って許りいるような光でもなかった。涙を溜めてもいなかった。だが、俺を一度でおどかしやがった・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・婦人の性質粗野にして根性悪しく、夫の父母に対して礼儀なく不人情ならば離縁も然る可し。第二子なき女は去ると言う。実に謂われもなき口実なり。夫婦の間に子なき其原因は、男子に在るか女子に在るか、是れは生理上解剖上精神上病理上の問題にして、今日進歩・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・また、武家の子を商人の家に貰うて養えば、おのずから町人根性となり、商家の子を文人の家に養えば、おのずから文に志す。幼少の時より手につけたる者なれば、血統に非ざるも自然に養父母の気象を承るは、あまねく人の知る所にして、家風の人心を変化すること・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・濫な作者の道楽気は反省されなければならないと共に、群集の一人でも、此からの舞台では、仕出し根性を改めなければならないのではあるまいか。 此時ばかりでなく、「恋の信玄」で手負いの侍女が、死にかかりながら、主君の最期を告げに来るのに、傍にい・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・言をかえていえば、それ等社会学、経済学的原則が実行に移されようとする時、乾坤一擲、新たな生命を以て、しんからうまれ変らなければならない根性が、人間の、人生に向かう態度のうちにあるのではないだろうか。その根性がある為に、時代から時代へと、今日・・・ 宮本百合子 「男…は疲れている」
・・・某年来桑門同様の渡世致しおり候えども、根性は元の武士なれば、死後の名聞の儀もっとも大切に存じ、この遺書相認置き候事に候。 当庵は斯様に見苦しく候えば、年末に相迫り相果て候を見られ候方々、借財等のため自殺候様御推量なされ候事も可有之候えど・・・ 森鴎外 「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」
・・・ 英文学で、Wilde の代表作としてある Dorian Gray を見たら、どの位人間の根性が恐ろしいものだということが分かるだろう。秘密の罪悪を人に教える教科書だと言っても好い。あれ程危険なものはあるまい。作者が男色事件で刑余の人に・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
出典:青空文庫