・・・何しろ横浜のメリケン波戸場の事だから、些か恰好の異った人間たちが、沢山、気取ってブラついていた。私はその時、私がどんな階級に属しているか、民平――これは私の仇名なんだが――それは失礼じゃないか、などと云うことはすっかり忘れて歩いていた。・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 河豚も醜魚だが、ドンコもあんまり恰好がよいとはいえない。しかし、味はなかなかよくサシミにしても食える。北原白秋の故郷柳川は水郷である。その縦横のクリークにはドンコがたくさんいるので、私はよく柳川でドンコ釣りをしたが、緒方一三さんという・・・ 火野葦平 「ゲテ魚好き」
・・・試にその顔の恰好をいうと、文学者のギボンの顔を飴細工でこしらえてその顔の内側から息を入れてふくらました、というような具合だ。忽ち火が三つになった。 何か出るであろうと待って居るとまた前の耶蘇が出た。これではいかぬと思うて、少く頭を後へ引・・・ 正岡子規 「ランプの影」
・・・これを人間の方から云いますと、わなにもいろいろあるけれども、一番狐のよく捕れるわなは、昔からの狐わなだ、いかにも狐を捕るのだぞというような格好をした、昔からの狐わなだと、斯う云うわけです。正直は最良の方便、全くこの通りです。」 私は何だ・・・ 宮沢賢治 「茨海小学校」
・・・ 子供たちから見ると丁度お祖母さんぐらいの年恰好の女先生が、きれいな白髪で、しかし元気そうな顔つきで出て来ました。「ようこそ! 子供たちはさっきから待っていましたよ。どうしておそかったんです?」「モスクワは大きい市ですから、三年・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ しばらくして窓の戸があいて、そこへ四十格好の男の顔がのぞいた。「やかましい。なんだ。」「お奉行様にお願いがあってまいりました」と、いちが丁寧に腰をかがめて言った。「ええ」と言ったが、男は容易にことばの意味を解しかねる様子であっ・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・口はグレシアの神の像にでもありそうな恰好をしているのですね。わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽に通らなかったのです。 女。大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも出来なかったのです。あのころは・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自然淘汰の網の目をば第一に脱・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・ と勘次の母が顔を曇らせて云いかけると、安次は行司が軍扇を引くときのような恰好で、「心臓や、医者がお前、もう持たんと云いさらしてさ。」「どうしてまたそんなになったんやぞ?」「酒桶から落ってのう。亀山で奉公して十五円貰うてたの・・・ 横光利一 「南北」
・・・あの首を前へ垂れた格好も、少し無理である。 しかし立場を換えてこの画に対すると、非難はこれだけではすまない。なるほどこの画は清らかで美しい。けれどもそれはあまりに弱々しく、あまりに単純ではないか。我々はこういう甘い快さで、深い満足が得ら・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
出典:青空文庫