・・・毎日のように往き来して、隅々まで案内を知っている家である。手槍を構えて台所の口から、つとはいった。座敷の戸を締め切って、籠み入る討手のものを一人一人討ち取ろうとして控えていた一族の中で、裏口に人のけはいのするのに、まず気のついたのは弥五兵衛・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・灸の母は婦人と女の子とを連れて二階の五号の部屋へ案内した。灸は女の子を見ながらその後からついて上ろうとした。「またッ、お前はあちらへ行っていらっしゃい。」と母は叱った。 灸は指を食わえて階段の下に立っていた。田舎宿の勝手元はこの二人・・・ 横光利一 「赤い着物」
保険会社の役人テオドル・フィンクは汽車でウィインからリヴィエラへ立った。途中で旅行案内を調べて見ると、ヴェロナへ夜中に着いて、接続汽車を二時間待たなくてはならないということが分かった。一体気分が好くないのだから、こんなことを見付けて見・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・ 谷川君が案内してくれたのは、伏見の橋のそばの宿屋であった。もう夜も遅いし、明朝は三時に起きるというのでその夜はあまり話もせずに寝た。 寝たと思うとすぐに起こされたような感じで、朝はひどく眠かったが、宿の前から小舟に乗って淀川を漕ぎ・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫