・・・何とおいいでも肯分けないものだから母様が、(それでは林へでも、裏の田圃 それから私、あの、梅林のある処に参りました。 あの桜山と、桃谷と、菖蒲の池とある処で。 しかし、それはただ青葉ばかりで、菖蒲の短いのがむらがってて、水の・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・ 急ぎて裏門を出でぬ、貴嬢はここの梅林を憶えたもうや、今や貴嬢には苦しき紀念なるべし、二郎には悲しき木陰となり、われには恐ろしき場処となれり。門を出ずれば角なる茶屋の娘軒先に立ちてさびしげに暮れゆく空をながめいしが、われを見て微かに礼な・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・門内は一面の梅林で、既に盛りを過した梅の花は今しも紛々として散りかけている最中であった。父はわたくしが立止って顔の上に散りかかる落梅を見上げているのを顧み、いかにも満足したような面持で、古人の句らしいものを口ずさんで聞かされたが、しかしそれ・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ 夕日が左手の梅林から流れて盲人の横顔を照す。しゃがんだ哀れな影が如何にも薄く後の石垣にうつっている。石垣を築いた石の一片ごとに、奉納した人の名前が赤い字で彫りつけてある。芸者、芸人、鳶者、芝居の出方、博奕打、皆近世に関係のない名ばかり・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 今戸橋をわたると広い道路は二筋に分れ、一ツは吉野橋をわたって南千住に通じ、一ツは白鬚橋の袂に通じているが、ここに瓦斯タンクが立っていて散歩の興味はますますなくなるが、むかしは神明神社の境内で梅林もあり、水際には古雅な形の石燈籠が立って・・・ 永井荷風 「水のながれ」
・・・その時は大阪にいた親戚により、大阪から今はもう廃業してしまった対山楼に行った。梅林があり、白梅が真盛りで部屋へ薫香が漲っていたのをよく覚えている。何にしろ年少な姉弟ぎりの旅だったので、収穫はから貧弱であった。博物館で僅の仏像を観た位のもので・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
出典:青空文庫