・・・日の色はもううすれ切って、植込みの竹のかげからは、早くも黄昏がひろがろうとするらしい。が、障子の中では、不相変面白そうな話声がつづいている。彼はそれを聞いている中に、自らな一味の哀情が、徐に彼をつつんで来るのを意識した。このかすかな梅の匂に・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ しかし老女が一瞬の後に、その窓から外を覗いた時には、ただ微風に戦いでいる夾竹桃の植込みが、人気のない庭の芝原を透かして見せただけであった。「まあ、気味の悪い。きっとまた御隣の別荘の坊ちゃんが、悪戯をなすったのでございますよ。」・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・ H温泉旅館の前庭の丸い芝生の植え込みをめぐって電燈入りの地口行燈がともり、それを取り巻いて踊りの輪がめぐるのである。まだ宵のうちは帳場の蓄音機が人寄せの佐渡おけさを繰り返していると、ぽつぽつ付近の丘の上から別荘の人たちが見物に出かけて・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ガラス障子の外には、狭い形ばかりの庭ではあるが、ちょっとした植込みに石燈籠や手水鉢などが置いてあった。そして手水鉢にはいつでも清水がいっぱいに溢れていた。 ボーイはただ一人で間に合っていた。それは三十を少し越したくらいの男であった。いつ・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
私は自分の住み家の庭としてはむしろ何もない広い芝生を愛する。われわれ階級の生活に許される程度のわずかな面積を泉水や植え込みや石燈籠などでわざわざ狭くしてしまって、逍遙の自由を束縛したり、たださえ不足がちな空の光の供給を制限・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・この絵で見ると築山の植え込みではつつじだけ昔のがそのまま残っているらしい。しかし絵の主題になっている紅葉は自分にとってはむしろ非常に珍しいものである。 たぶん自分の中学時代、それもよほど後のほうかと思うころに、父が東京の友人に頼んで「大・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・そしてちょっと鋏に触れるとそれで満足したようにのそのそ向こうへ行って植え込みの八つ手の下で蝶をねらったり、蝦蟇をからかったりしていた。 蝦蟇ではいちばん始めに失敗したようである。たぶん食いつこうとしてどうかされたものと見えて口から白いよ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・主家の前の植え込みの中に娘が白っぽい着物に赤い帯をしめてねこを抱いて立っていた。自分のほうを見ていつにない顔を赤くしたらしいのが薄暗い中にも自分にわかった。そしてまともにこっちを見つめて不思議な笑顔をもらしたが、物に追われでもし・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・池を隔てた本館前の広場で盆踊りが行なわれて、それがまさにたけなわなころ、私の二人の子供がベランダの籐椅子に腰かけて、池の向こうの植え込みのすきから見える踊りの輪の運動を注視していた。ベランダの天井の電燈は消えていたが上がり口の両側の柱におの・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・ 左千夫氏が連作の趣味を形容して「植え込み的趣味」と言っているのはなかなかおもしろいと思われる。実際多くの連作は一つの植え込みをいろいろな角度から飽かずいつまでもながめているような趣があって、この点ではどうしても静的であり絵画的である。・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
出典:青空文庫