・・・ 彼等はほとんど無表情に、隠すべき所も隠そうとせず、検査の結果を眺めていた。が、ズボンや上着は勿論、靴や靴下を検べて見ても、証拠になる品は見当らなかった。この上は靴を壊して見るよりほかはない。――そう思った副官は、参謀にその旨を話そうと・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・我々青年は誰しもそのある時期において徴兵検査のために非常な危惧を感じている。またすべての青年の権利たる教育がその一部分――富有なる父兄をもった一部分だけの特権となり、さらにそれが無法なる試験制度のためにさらにまた約三分の一だけに限られている・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 三 学校をやめたので、私は間もなく徴兵検査を受けねばならなかった。 私は洋服を持たなかったので、和服のまま検査場へ行った。髪の毛は依然として長く垂れたままであったことは勿論である。丸刈りにしていった方がよかろ・・・ 織田作之助 「髪」
三年生になった途端に、道子は近視になった。「明日から、眼鏡を掛けなさい。うっちゃって置くと、だんだんきつくなりますよ」 体格検査の時間にそう言われた時、道子はぽうっと赧くなった。なんだか胸がどきどきして、急になよな・・・ 織田作之助 「眼鏡」
・・・すと、医師はこの病気は心臓と腎臓の間、即ち循環故障であって、いくら呑んでも尿には成らず浮腫になるばかりだから、一日に三合より四合以上呑んではよくないから、水薬の中へ利尿剤を調合して置こうと言って、尿の検査を二回もしましたが、蛋白質は極く少い・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・吉田はその話を聞いてから自分の睡むれないときには何か自分に睡むるのを欲しない気持がありはしないかと思って一夜それを検査してみるのだったが、今自分が寐られないということについては検査してみるまでもなく吉田にはそれがわかっていた。しかし自分がそ・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・「裸にひきむかれて身体検査を受けて居るんだ。」「畜生! 親爺の手紙まで、俺れらにゃ、そのまゝ読ましゃしねえんだな!」 でも、慰問袋は、一人に三個ずつ分配せられた。フンドシや、手拭いや、石鹸ばかりしか這入っていないと分っていても、・・・ 黒島伝治 「前哨」
一 丁度九年になる。九年前の今晩のことだ。その時から、私はいくらか近眼だった。徴兵検査を受ける際、私は眼鏡をかけて行った。それが却って悪るかった。私は、徴兵医官に睨まれてしまった。 その医官は、頭をく・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・そして画を検査してから、「售れないなら售れないで、原物を返してくれるべきに、狡いことをしては困る」というと、「飛んでもない、正しくこれは原物で」と廷珸はいい張る。「イヤ、そうは脱けさせない。自分は隠しじるしをして置いた、それが今何処にある。・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・俺はその隅の方で身体検査をされた。「これは何んだ?」 袂を調べていた看守が、急に職業柄らしい顔をして、何か取り出した。俺は思わずギョッとした。――だが、それはお守だった。「あ、お守だよ。」 俺はホッとして云った。 看守は・・・ 小林多喜二 「独房」
出典:青空文庫