・・・櫃の上に古風なる楽器数個あり。伊太利亜名家の画ける絵のほとんど真黒になりたるを掛けあり。壁の貼紙は明色、ほとんど白色にして隠起せる模様及金箔の装飾を施せり。主人クラウヂオ。(独窓の傍に座しおる。夕陽夕陽の照す濡った空気に包まれて山々・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ そして青い橄欖の森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗らされてずうっとかすかになりました。「あ孔雀が居るよ。」「ええた・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ みんなは気の毒そうにしてわざとじぶんの譜をのぞき込んだりじぶんの楽器をはじいて見たりしています。ゴーシュはあわてて糸を直しました。これはじつはゴーシュも悪いのですがセロもずいぶん悪いのでした。「今の前の小節から。はいっ。」 み・・・ 宮沢賢治 「セロ弾きのゴーシュ」
・・・ その時向うから、トッテントッテントッテンテンと、チャリネルという楽器を叩いて、小さな赤い旗をたてた車が、ほんの少しずつこっちへやって来ました。見物のばけものがまるで赤山のようにそのまわりについて参ります。 ペンネンネンネンネン・ネ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ その音にまじってたしかに別の楽器や人のがやがや云う声が、時々ちらっときこえてまたわからなくなりました。 しばらく行ってファゼーロがいきなり立ちどまって、わたくしの腕をつかみながら、西の野原のはてを指しました。わたくしもそっちをすか・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ もう少しゆっくりおっしゃって下さい。と云う。 主人が旅行中で十四日後でなければと云う。 それでよいから、次手に、マンドリンの第一の絃を二本持って来て下さいと云ってやる。 楽器屋や本屋の取次が、はきはきして居ないのはほん・・・ 宮本百合子 「一日」
・・・或る晩、九つの私は父につれられて本郷の切通しだったか坂の中途にある薄暗いその楽器屋へピアノを見に行った。いく台も並んである間にはさまって、その黒いピアノは大したものにも見えなかったので何となしぼーとしてかえって来た。ところが何日か経って、天・・・ 宮本百合子 「親子一体の教育法」
・・・う部分の人々にはどういう感じをおこさせるかしらないが、都会の人口の大多数を占める下級中級の若いサラリーマン、勤労青年たちが、いささかの慰みとしてアパートの部屋でかけて聴いている蓄音器、レコードその他の楽器に新しく税がかかったり、写真機に税が・・・ 宮本百合子 「カメラの焦点」
・・・印度の港で魚のように波の底に潜って、銀銭を拾う黒ん坊の子供の事や、ポルトセエドで上陸して見たと云う、ステレオチイプな笑顔の女芸人が種々の楽器を奏する国際的団体の事や、マルセイユで始て西洋の町を散歩して、嘘と云うものを衝かぬ店で、掛値と云うも・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・けれどもひとたび彼を楽器の前に据えれば彼はたちまち天才として諸君に迫って来る。しかし諸君の前に一人の黒人が現われたとする。一眼見れば直ちにその黒人である事がわかるだろう。デュウゼは黒人である。 また足をもって名画をかくラファエロが現われ・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫