・・・文芸の上に階級意識がそう顕著に働くものではないという理窟は、概念的には成り立つけれども、実際の歴史的事実を観察するものは、事実として、階級意識がどれほど強く、文芸の上にも影響するかを驚かずにはいられまい。それを事実に意識したものが文芸にたず・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ それであるから、概念的に、ただ海といっても、すべての子供達にぴったりと来るものでない。また、海というものゝ学問的な知識だけでも満足させ得るものでない。彼等の経験と知識とが調和して、その上に築かれた美しい空想の世界でなければ、真に魅する・・・ 小川未明 「新童話論」
・・・試みに小学校の修身書を一瞥してもすぐ分ることであるが、その並べられた題目と、其れに関する概念的な口授式の教授ぶりとが、ほんとうの人間性の結晶と思っては大間違である。今日の習慣なり、風俗なり、礼儀なり、或は又道徳と云ったようなものは、今日の社・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・少なくともそこにはかわいた、煩鎖な概念的理窟や、腐儒的御用的講話や、すべて生の緑野から遊離した死骸のようなものはない。しかし文芸はその約束として個々の体験と事象との具象的描写を事とせねばならぬ故、人生全体としての指導原理の探究を目ざすことは・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ が恋愛とは何であるかということを概念的にきめてかかることはさまで大事なことではない。むしろ自分自身の異性への要求と、恋愛の体験とによって自らこの問いをさぐっていき、自説を持とうとするがよいのだ。 実際人間はその素質なみの恋愛をし、・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・甚だ概念的で、また甘ったるく、原作者オイレンベルグ氏の緊密なる写実を汚すこと、おびただしいものであることは私も承知して居ります。けれども、原作は前回の結尾からすぐに、『この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。云々。』となっているのであり・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・「君は、お坊ちゃん育ちだな。人から金をもらう、つらさを知らないんだ。」少年は、負けていなかった。「概念的だっていい。そんな、平凡な苦しさを君は知らないんだ。」「僕だって、それや知っているつもりだがね。わかり切った事だ。胸に畳んで、言わな・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・芝居に出て来るような、頗る概念的な百姓風俗である。贋物に違いない。極めて悪質の押売りである。その態度、音声に、おろかな媚さえ感ぜられ、実に胸くそが悪かった。けれども私にはその者を叱咤し、追いかえすことが出来なかったのである。「それは、御・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・すべての自然の風景を、理智に依って遮断し、取捨し、いささかも、それに溺れることなく、謂わば「既成概念的」な情緒を、薔薇を、すみれを、虫の声を、風を、にやりと薄笑いして敬遠し、もっぱら、「我は人なり、人間の事とし聞けば、善きも悪しきも他所事と・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・これはその顔が自然の顔でなんら概念的な感情を表現していないからこそ可能になるわけである。同じことは能楽の面の顔についても人形芝居の人形の顔についてもいわれる、これらの顔は泣いているともつかず怒っているともまた笑っているともつかぬ顔である。し・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫