・・・ 増上寺山門の一景を得て、私は自分の作品の構想も、いまや十分に弓を、満月の如くきりりと引きしぼったような気がした。それから数日後、東京市の大地図と、ペン、インク、原稿用紙を持って、いさんで伊豆に旅立った。伊豆の温泉宿に到着してからは、ど・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ この作は、『蒲団』などよりも以前に構想したものであるが、『生』を書いてしまい『妻』を書いてしまってもまだ筆をとる気になれない。材料がだんだん古く黴が生えていくような気がする。それに、新しい思潮が横溢して来たその時では、その作の基調がロ・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・曲の構想や旋律を研究し記憶して、次に本物を聞くための準備をするには非常に重宝なものであるとは気がついたが、これを純粋な芸術的享楽の目的物とする気にはどうもなれなかった。 それで蓄音機と私との交渉はそれきりになってさらに十年の歳月が流れた・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・という端物の書き出しには、パリーのある雑誌に寄稿の安受け合いをしたため、ドイツのさる避暑地へ下りて、そこの宿屋の机かなにかの上で、しきりに構想に悩みながら、なにか種はないかというふうに、机のひきだしをいちいちあけてみると、最終の底から思いが・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・その期間ソヴェトに関して出版されたものは、軍、外務省の情報機関を通じたものであり、構想敵の実体調査であった。反人民的な本質に立つものしか許されなかった。 この十数年間は、作者の生活波瀾もはげしく、度々の検挙や投獄で、三二年ごろ書いたソヴ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第九巻)」
・・・ 生きたモデルについて熱心な研究を続ける一方、若いケーテがこのベルリン時代にドイツのシムボリズムの画家として、その構想の奇抜なことや、色感が特別ロマンティックな点などで人々の注目をひいていたクリンガーの影響をも強く受けたことは注目される・・・ 宮本百合子 「ケーテ・コルヴィッツの画業」
・・・その感情のなかから表現されるときには文学的な構想を与えられて、女の幸福とか人生のより高い姿とかに於て描き出されて来る。一面では常識の先を行っている人々のように思われているだけに、作家・評論家たちが女の中に時々めざめて来るものをなだめている力・・・ 宮本百合子 「職業のふしぎ」
・・・聰明に現実的に、自分たちの新しき構想の完成に努力しなければならないのである。 こういう心もちからいうと、どうしても、私たちは「板橋事件」強制供出その他一つらなりの食糧問題解決への場面で起った現象をももうすこし細かに観察し、学ぶべきことが・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・の唯一の親友であった同時代の才能を素朴に驚歎して、一八三九年、四十にもなり、既に「人間喜劇」の構想を得て数年後であったバルザックが、小説「ベアトリス」の中に二年前ゴーチェが或る二人の女優について書いた記事からの文章をそっくり真似て借りている・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・を称讚し、さすがは林房雄である。構想雄大で行文はいわゆるプロレタリア的でない清新の美に満ちていると、さながらその社会的根拠とともに創造性をも喪失したブルジョア文学の陣営内に一人の精力的な味方を発見し得たかのような喝采を送った。 わがプロ・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
出典:青空文庫