・・・どだい、あんな質問者とは、頭の構造がちがいますよ。何せ、こっちは千軍万馬の、……」 すこしお世辞が過ぎたのに気づいて下僚は素早く話頭を転ずる。「きょうの録音は、いつ放送になるんです?」「知らん」 知っているのだけれども、知ら・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・抜けて、牛の鳴き声の聞こえる牧場、樫の大樹に連なっている小径――その向こうをだらだらと下った丘陵の蔭の一軒家、毎朝かれはそこから出てくるので、丈の低い要垣を周囲に取りまわして、三間くらいと思われる家の構造、床の低いのと屋根の低いのを見ても、・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ このようにして連句の運動が進行するありさまはある度までたとえばソナタのごとき楽曲の構造に類する。この比較についてはかつて雑誌「渋柿」誌上で細論したからここには略するが、それと全く同じことが映画の律動的編成についても言われるのである。そ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 音楽における律動的要素の由来は、学問的に言えばなかなかむつかしい問題であろうが、素人流に言えば、要するに人間という生理的機関の構造によって規定されたいろいろの物理的振動の週期性、感官や運動機関の慣性と弾性と疲労とから来る心理的な週期性・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・東京市民を驚かせるような強震が二日に一度三日に一度ずつ襲って来るとしたらどうであろうか、市内の家屋構造は一変してしまい、地震研究所の官制は廃止になるであろう。 映画の世界では実際に、ある度までは、この時間の尺度が自由に変更されうるのは周・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・「紅雨の最も感動したのは、かの説明者が一々に勿体つける欄間の彫刻や襖の絵画や金箔の張天井の如き部分的の装飾ではなくて、霊廟と名付けられた建築とそれを廻る平地全体の構造配置の法式であった。先ず彎曲した屋根を戴き、装飾の多い扉の左右・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・その僕が小説を読んで、第一に感ずるのは大体の筋すなわち構造である。筋なんかどうでも、局部に面白い所があれば構わないと云う気にはとてもなれない。したがって僕がいかほど芝居通になったところで、全然君と同じ観察点に立って、芝居を見得るかどうだか疑・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・傍観者の態度に甘んずる学者の局外の観察から成る規則法則乃至すべての形式や型のために我々生活の内容が構造されるとなると少しく筋が逆になるので、我々の実際生活がむしろ彼ら学者に向って研究の材料を与えその結果として一種の形式を彼らが抽象する事がで・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 此書は趣向もなく、構造もなく、尾頭の心元なき海鼠の様な文章であるから、たとい此一巻で消えてなくなった所で一向差し支えはない。又実際消えてなくなるかも知れん。然し将来忙中に閑を偸んで硯の塵を吹く機会があれば再び稿を続ぐ積である。猫が生き・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』上篇自序」
・・・しかも恐ろしいことには、それがこの町の構造されてる、真の現実的な事実であった。一つの不注意な失策も、彼らの崩壊と死滅を意味する。町全体の神経は、そのことの危懼と恐怖で張りきっていた。美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、も・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫