・・・ツネちゃんは僕たちが射撃をはじめると、たいてい標的のあたりにうろうろしていて、弾を拾ったり、標的の位置を直したりするのだが、いつもはそんな目ざわりなんて思った事は無かった。しかしその時は、雀の標的のすぐ傍に立って笑っているツネちゃんが、ひど・・・ 太宰治 「雀」
・・・ 人工映画 実在の人間や動物や家屋や景色や、あるいは実在なものの代用をするセットの類をショットの標的とする普通の映画のほかに、全くこれら実在のものを使わずそのかわりに黒い紙を切り抜いたシルエットの人形と背景を使った「・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・今の絵画の標的は無限の距離に退いてしまった。無限に対しては一里も千里も価値は大して変らない。このような時代に当って「完成の度」に代って作品の価値を定めるものは何であろう。それは譬えて云わば、無限に向かって進んで行く光の「強度」のようなもので・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・饑饉が終るとコレラが蔓延し、一揆があちらこちらで起ったが、このとき、怒った大衆の標的とされたのは誰あろう、ともに餓えて疫病と闘った急進的知識人と医者とであった。 このからくりに采配をふるったのは、ツァーの有名な警視総監である大官ポベドノ・・・ 宮本百合子 「冬を越す蕾」
・・・敵が鴎外と云う名を標的にして矢を放つ最中に、予は鴎外という名を署する事を廃めた。矢は蝟毛の如く的に立っても、予は痛いとも思わなかった。人が鴎外という影を捉えて騒いだ時も、その騒ぎの止んだ後も、形は故の如くで、我は故の我である。啻に故の我なる・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
出典:青空文庫