・・・ 表面的に理解すると、精神や肉体が全く二元論的に見られているようにもとられるその標語で「馬骨団始末記」の作者は、これまでの純文学作家たちがしていたように、単純な一つの行為をするだけにさえ三十枚、四十枚とその心理的過程を追求する小説を書く・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・躍進日本という愛唱される標語の実質は、極めて極めて現実的な道によって獲得されつつある一方、何ゆえ文化形態の外貌においては抽象的な、気分的なロマンチシズムが人為的に高揚されなければならないか。そこの矛盾の理由が知りたいのである。 ・・・ 宮本百合子 「近頃の話題」
・・・ 歴史の激しくうつりかわる時期には、標語めいたものはどんどんうつり変り、表面からそれを追えばそこには矛盾も撞着も生じる。時代の風波はいかようであろうとも、私たちが女として人間として、よく生きぬかなければならない自身への責任はどこへ托しよ・・・ 宮本百合子 「身についた可能の発見」
・・・適当な間をおいて、赤十字のしるしのついた救護班のトラックをしたがえ、蜒々たる隊列は、標語板を林のようにゆるがせながら東京の焼け跡の街を押して来る。大手町の方を眺めると、歌声のとどろきと旗の波が刻々増大し、つきぬ流れは日本橋へ向っている。女の・・・ 宮本百合子 「メーデーに歌う」
・・・という標語がある。ニージュニノヴゴロド市は昔からの定期市の他に、現代ではСССР第一の自動車製造工場で有名になった。そこで製作されるソヴェト・フォードは、小さい赤旗をヘッド・ライトの上にひるがえしつつソユーズキノ週報で先ず映画館の映写幕の上・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
・・・すなわち、英国人の公平な勝負という標語もボート・レースやポローの競技場埒外では、アフガニスタンやパレスタインまで出ると怪しいもんだという懐疑を公然抱いているのだ。彼女は坐っている。 M氏は、 ――こないだも、あの有名な醤油の某々の息・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・徳川の標語は「殺すな、生かすな」という一貫した主張をもっており、その主意によって統治を受けた。やっと生活出来る程度の収入だけを残して、あとは皆地頭、領主に取られて来た。農民の女性の生活というものは、全く物を言う家畜という有様であった。しかし・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・という代わりに「敵を敬せよ」という標語に現わし得られるかもしれない。「信玄家法」のなかに、敵の悪口いうべからずという一項がある。敵をののしることによって敵を憤激させれば、それだけ敵が強まることになって損である、という利害打算もあるいは含まれ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫