・・・って学界の紳士たちをおどかしたので、その石は大変有名になりまして、貴婦人はこれを憎み、醜男は喝采し、宗教家は狼狽し、牛太郎は肯定し、捨てて置かれぬ一大社会問題にさえなりかけて来ましたので、当時の学界の権威たちが打ち寄り研究の結果、安心せよ、・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・若い美しい女を見ると、平生は割合に鋭い観察眼もすっかり権威を失ってしまう。若い時分、盛んにいわゆる少女小説を書いて、一時はずいぶん青年を魅せしめたものだが、観察も思想もないあくがれ小説がそういつまで人に飽きられずにいることができよう。ついに・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・ ここで著者はしばらくアインシュタインをはなれて、これらの問題に対するこの理学者の権威の如何について論じている。理論物理のような常識に遠い六かしい事を講義して、そして聴衆を酔わせ得るのは、彼自身の内部に燃える熱烈なものが流れ出るためだと・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・柳橋は動しがたい伝説の権威を背負っている。それに対して自分は艶かしい意味においてしん橋の名を思出す時には、いつも明治の初年返咲きした第二の江戸を追想せねばならぬ。無論、実際よりもなお麗しくなお立派なものにして憬慕するのである。 現代・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・要するに取捨興廃の権威共に自己の手中にはない事になる。したがって自分が最上と思う製作を世間に勧めて世間はいっこう顧みなかったり自分は心持が好くないので休みたくても世間は平日のごとく要求を恣にしたりすべて己を曲げて人に従わなくては商売にはなら・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・いわんや強迫教育法の如き、必ず政府の権威によりてはじめて行わるべきのみ。 ただし我が輩はもとより強迫法を賛成する者にして、全国の男女生れて何歳にいたれば必ず学につくべし、学につかざるをえずと強いてこれに迫るは、今日の日本においてはなはだ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・ なぜならば、ギャラップの権威を失墜させ、日本はじめ世界の大資本新聞をとまどいさせて、こんどの選挙にトルーマンが当選したのはアメリカの正直な男女の市民が、身につけているアメリカの民主主義社会生活の訓練と、働く市民としての生活事実に立脚し・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・優しい目に男らしい権威がある。口はグレシアの神の像にでもありそうな恰好をしているのですね。わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽に通らなかったのです。 女。大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・そうして、彼はフランスの皇帝の権威を完全に確立せんがため新しき皇妃、十八歳のマリア・ルイザを彼の敵国オーストリアから迎えた。彼女はハプスブルグ家、オーストリア神聖羅馬皇帝の娘である。彼女の部屋はチュイレリーの宮殿の中で、ナポレオンの寝室の隣・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・製作そのものも、そこに現われた生活も、かの偉人たちの前に存在し得るだけの権威さえ持っていなかった。私は眩暈を感じた。しかし私は踏みとどまった。再び眼が見え出した時には、私は生きることと作ることとの意義が「やっとわかった」と思った。私は自分を・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫