・・・うとましい音が彼れの腹に応えて、馬は声も立てずに前膝をついて横倒しにどうと倒れた。痙攣的に後脚で蹴るようなまねをして、潤みを持った眼は可憐にも何かを見詰めていた。「やれ怖い事するでねえ、傷ましいまあ」 すすぎ物をしていた妻は、振返っ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・で、金屏風の背後から謹んで座敷へ帰ったが、上段の室の客にはちと不釣合な形に、脇息を横倒しに枕して、ごろんとながくなると、瓶掛の火が、もみじを焚いたように赫と赤く、銀瓶の湯気が、すらすらと楊貴妃を霞ませる。枕もとに松籟をきいて、しばらく理窟も・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・この最後の努力でわずかに残った気力が尽き果てたか、見る見るからだの力が抜けて行って、くず折れるようにぐったりと横倒しに倒れてしまう。一方ではまた、何事とも知れぬ極度の恐怖に襲われて、氷塊の間の潮水をもぐって泳ぎ回る可憐な子熊もやがて繩の輪に・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・御手洗の屋根も横倒しになって潰れている。 この御手洗の屋根の四本の柱の根元を見ると、土台のコンクリートから鉄金棒が突き出ていて、それが木の根の柱の中軸に掘込んだ穴にはまるようになっており、柱の根元を横に穿った穴にボルトを差込むとそれが土・・・ 寺田寅彦 「静岡地震被害見学記」
・・・比較的新しい方の例で自分の体験の記憶に残っているのは明治三十二年八月二十八日高知市を襲ったもので、学校、病院、劇場が多数倒壊し、市の東端吸江に架した長橋青柳橋が風の力で横倒しになり、旧城天守閣の頂上の片方の鯱が吹き飛んでしまった。この新旧二・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・暖かい晩秋の日光が砂丘をぬくめているところへ、一列に並んで腰をおろしていた従弟たちの一人が、やがて急に何を思いついたのか、一寸中学の制帽をかぶり直すとピーッと一声つんざくような口笛を鳴らして、体を横倒しにすると、その砂丘の急な斜面をころころ・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・お前、馬が横倒しにどぶんと水の中へはまりよったら見い、馬ったら豪いものや。くれんといっぺんに起き返りよるな。ありゃ! 何んじゃ、お前安次やして!」「さっき来たんやが、お前いやせんだ。」 安次は怒った肩を撫でながら縁に腰を下ろした。・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫