・・・お絹は二人に会釈をしながら、手早くコオトを脱ぎ捨てると、がっかりしたように横坐りになった。その間に神山は、彼女の手から受け取った果物の籠をそこへ残して、気忙しそうに茶の間を出て行った。果物の籠には青林檎やバナナが綺麗につやつやと並んでいた。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と思うと今度は横坐りに坐ったまま、机の上に頬杖をついて、壁の上のウイル――べエトオフェンの肖像を冷淡にぼんやり眺め出した。これは勿論唯事ではない。お君さんはあのカッフェを解傭される事になったのであろうか。さもなければお松さんのいじめ方が一層・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・何某の邸の庭らしい中へ、烟に追われて入ると、枯木に夕焼のしたような、火の幹、火の枝になった大樹の下に、小さな足を投出して、横坐りになった、浪吉の無事な姿を見た。 学校は、便宜に隊を組んで避難したが、皆ちりちりになったのである。 と見・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・て、客間とお勝手のあいだを走り狂い、お鍋をひっくりかえしたりお皿をわったり、すみませんねえ、すみませんねえ、と女中の私におわびを言い、そうしてお客のお帰りになった後は、呆然として客間にひとりでぐったり横坐りに坐ったまま、後片づけも何もなさら・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ 女は、マットに片手をついて横坐りのまま、じっとしていた。「誰にも言いやしない。いいから、早く出て行って呉れないか。」 女の子には、何よりもナイフが欲しかった。光る手裏剣が欲しかった。流石に、下さい。とは言い得なかった。汗でぐし・・・ 太宰治 「古典風」
・・・障子を閉めて、卓の傍へ来て横坐りに坐って、「もう、どうせ、他人の家です。でも、久しぶりに来て見ると、何でもかんでも珍らしく、僕は、うれしいのです。」嘘でなく、しんから楽しそうに微笑しているのである。 ちっとも、こだわっていないその態度に・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・うしろ姿のおせん様というあだ名の、セル着たる二十五歳の一青年、日がな一日、部屋の隅、壁にむかってしょんぼり横坐りに居崩れて坐って、だしぬけに私に頭を殴られても、僕はたった二十五歳だ、捨てろ、捨てろ、と低く呟きつづけるばかりで私の顔を見ようと・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・朝、お医者の家の縁側で新聞を読んでいると、私の傍に横坐りに坐っていた奥さんが、「ああ、うれしそうね。」と小声でそっと囁いた。 ふと顔をあげると、すぐ眼のまえの小道を、簡単服を着た清潔な姿が、さっさっと飛ぶようにして歩いていった。白い・・・ 太宰治 「満願」
・・・一太は極りの悪そうな横坐りをしてニヤニヤ笑った。「あなたお幾つ? 家の武位かしら!」「一太、幾つですかって」「十」「じゃ一つ違いですね、家のは九つだから。学校は何年? 三年? 四年?」「…………」 一太は凝っと大きい・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・その刹那に、自分は、狭い部屋に窮屈そうに横坐りに坐って、日本語は少し役に立つが、文字と来たら、怪物のようにむずかしいと、ぎごちなく話した彼の姿や顔を、涙ぐむ程、はっきり思い起した。―― 宮本百合子 「思い出すこと」
出典:青空文庫