・・・いつか読んだ横文字の小説に平地を走る汽車の音を「Tratata tratata Tratata」と写し、鉄橋を渡る汽車の音を「Trararach trararach」と写したのがある。なるほどぼんやり耳を貸していると、ああ云う風にも聞えない・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・「何、西国の大名の子たちが、西洋から持って帰ったと云う、横文字の本にあったのです。――それも今の話ですが、たといこの造り変える力が、我々だけに限らないでも、やはり油断はなりませんよ。いや、むしろ、それだけに、御気をつけなさいと云いたいの・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・此処に刻んである横文字を。――DESINE FATA DEUM LECTI SPERARE PRECANDO……」 私はこの運命それ自身のような麻利耶観音へ、思わず無気味な眼を移した。聖母は黒檀の衣を纏ったまま、やはりその美しい象牙の顔・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ 宣教師は何ごとも忘れたように小さい横文字の本を読みつづけている。年はもう五十を越しているのであろう、鉄縁のパンス・ネエをかけた、鶏のように顔の赤い、短い頬鬚のある仏蘭西人である。保吉は横目を使いながら、ちょっとその本を覗きこんだ、Es・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・それは瀝青らしい黒枠の中に横文字を並べた木札だった。「何だい、それは? Sr. H. Tsuji……Unua……Aprilo……Jaro……1906……」「何かしら? dua……Majesta……ですか? 1926 としてありますね・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・すると南町へ行って、留守だと云うから本郷通りの古本屋を根気よく一軒一軒まわって歩いて、横文字の本を二三冊買って、それから南町へ行くつもりで三丁目から電車に乗った。 ところが電車に乗っている間に、また気が変ったから今度は須田町で乗換えて、・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・などという言い方は、たぶん講義録で少しは横文字をかじった影響でしょうが、その講義録にしたところで、最初の三月分だけ無我夢中で読んだだけ、あとはもう金も払いこまず、したがって送ってもこなかった。が、私はえらくなろうという野心――野心といったの・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・らか服装はまさっているが、似たり寄ったり、なぜ二人とも洋服を着ているか、むしろ安物でもよいから小ザッぱりした和服のほうがよさそうに思われるけれども、あいにくと二人とも一度は洋行なるものをして、二人とも横文字が読めて、一方はボルテーヤとか、ル・・・ 国木田独歩 「号外」
・・・机の上には、大形の何やら横文字の洋書が、ひろげられていたのであるが、佐伯はそれには一瞥もくれなかった。「里見八犬伝か。面白そうだね。」と呟き、つっ立ったまま、その小さい文庫本のペエジをぱらぱら繰ってみて、「君は、いつでも読まない本を机の上に・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・べ、画家はろくに自然を見もしないでいたずらにきたならしい絵の具を塗り、思想家は周囲の人間すらよくも見ないでひとりぎめのイデオロギーを展開し、そうして大衆は自分の皮膚の色も見ないでこれに雷同し、そうして横文字のお題目を唱えている。しかしもう一・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
出典:青空文庫