・・・ 確かに今乗った下らしいから、また葉を分けて……ちょうど二、三日前、激しく雨水の落とした後の、汀が崩れて、草の根のまだ白い泥土の欠目から、楔の弛んだ、洪水の引いた天井裏見るような、横木と橋板との暗い中を見たが何もおらぬ。……顔を倒にして・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ すてきに物干が賑だから、密と寄って、隅の本箱の横、二階裏の肘掛窓から、まぶしい目をぱちくりと遣って覗くと、柱からも、横木からも、頭の上の小廂からも、暖な影を湧かし、羽を光らして、一斉にパッと逃げた。――飛ぶのは早い、裏邸の大枇杷の樹ま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 薄闇い狭いぬけろじの車止の横木を俛って、彼方へ出ると、琴平社の中門の通りである。道幅二間ばかりの寂しい町で、と書いた軒燈が二階造の家の前に点ている計りで、暗夜なら真闇黒な筋である。それも月の十日と二十日は琴平の縁日で、中門を出入する人・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・鍔広の藁帽を阿弥陀に冠ってあちら向いて左の手で欄の横木を押さえている。矢絣らしい着物に扱帯を巻いた端を後ろに垂らしている、その帯だけを赤鉛筆で塗ってある。そうした、今から見れば古典的な姿が当時の大学生には世にもモダーンなシックなものに見えた・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
・・・ 船首から船長の三分の一くらいのところに当って、横に張り渡した横木に大小四本の円筒が並べて垂直に固定してある。筒の外側はアルミニウムペイントで御化粧をしてあるが、金属製だかどうだか見ただけでは分らない。昔は花火の筒と云えば、木筒に竹のた・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ とつぜん、右手のシグナルばしらが、がたんとからだをゆすぶって、上の白い横木を斜めに下の方へぶらさげました。これはべつだん不思議でもなんでもありません。 つまりシグナルがさがったというだけのことです。一晩に十四回もあることなのです。・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・(誰バキチが横木の下の所で腹這いのまま云いました。(さあ、知らないよ、バキチだなんて。おれは一向と馬が云いました。」「馬がそう云ったんですか。」「馬がそう云ったそうですよ。わっしゃ馬から聞きやした。(おい、情けないこと云うじゃないか、お・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・広業寺のもちものだから、横木を入れれば余程楽しるのに。十本も入れてくれれば、何ぼいいかしんないのにねえ、と、山の茶屋のお内儀が話した。でも、尼さんは、そんなことはしないだろう。辷りそうなとき自分は、季節が秋であろうが、雪下駄を穿けば、それに・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ 一体斯う云う風に横木を細かく打った戸は、風流ではあるが、足がかりが出来ますから、どうしても用心にはよくないですなあ。 私共は、ガヤガヤ云いながら風呂場の前まで行くと、すぐ傍の、隣の地境に、歯抜けになった小階子が掛って居るのを見・・・ 宮本百合子 「盗難」
出典:青空文庫