・・・ 泳ぐ事もできず裸体で川端を横行する事も出来ぬ時節になっても、自分はやはり川好きの友達と一緒に中学校の教場以外の大抵な時間をば舟遊びに費した。 われわれは無論ボオトも漕いだ。しかしボオトは少くとも四、五人の人数を要する上に、一度・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ただ自他の関係を知らず、眼を全局に注ぐ能わざるがため、わが縄張りを設けて、いい加減なところに幅を利かして満足すべきところを、足に任せて天下を横行して、憚からぬのが災になる。人が咎めれば云う。おれの地面と君の地面との境はどこだ。境は自分がきめ・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・彼女の、コムパスは酔眼朦朧たるものであり、彼女の足は蹌々踉々として、天下の大道を横行闊歩したのだ。 素面の者は、質の悪い酔っ払いには相手になっていられない。皆が除けて通るのであった。 彼女は、瀬戸内海を傍若無人に通り抜けた。――尤も・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・すなわち我が邦の人、横行の文字を読み習うるの始めなり。 その後、宝暦明和の頃、青木昆陽、命を奉じてその学を首唱し、また前野蘭化、桂川甫周、杉田いさい等起り、専精してもって和蘭の学に志し、相ともに切磋し、おのおの得るところありといえども、・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾の記」
・・・、利を射り、名を貪り、犯すべからざるの不品行を犯し、忍ぶべからざるの刻薄を忍び、古代の縄墨をもって糺すときは、父子君臣、夫婦長幼の大倫も、あるいは明を失して危きが如くなるも、なおかつ一世を瞞着して得々横行すべきほどの、この有力なる開進風潮の・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・かくのごとく人は皆これを難しとするところに向って、ひとり蕪村は何の苦もなく進み思うままに濶歩横行せり。今人はこれを見てかえってその容易なるを認めしならん。しかも蕪村以後においてすらこれを学びし者を見ず。 芭蕉の句は人事を詠みたるもの多か・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・人類愛という声がやかましく叫ばれるときほど、飢えや寒さや人情の刻薄がひどく、階級の対立は鋭く、非条理は横行します。 わたしは、愛を愛します。ですから、このドロドロのなかに溺れている人間の愛をすくい出したいと思います。 どうしたら、そ・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・関係までを自分の問題としてとりあげる迫力がなく、しかも常に朗らかでばかりあり得ない気分の上でだけ新らしさを追求する結果、すでに映画制作者が巧みにも把えている古いものの新らしげな扮飾が、恋愛の技巧の上で横行する。互にまともな結婚もなかなかでき・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・その反面に、明治が、その現実において、どんなにまで封建的であり、身分の観念と結びついた官僚主義が横行していたかを語っているのである。 市民社会を土台としてそこから近代化した日本ではなかった、という一つの事実は、明治以来の日本の文化に、重・・・ 宮本百合子 「木の芽だち」
・・・を横行させた事実に見られる。この三年間に、反小林多喜二の慣用語として、主体性を云い、人民的民主主義の方向を抹殺して、個人を云い自我を云いたてた人々は、現在、その人々の目にもあきらかなように、反動的農民組合の分派が、自分たちを主体派とよび、労・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
出典:青空文庫