・・・あるいはその物々しい忠義呼わりの後に、あわよくば、家を横領しようとする野心でもあるのかも知れない。――そう思うと修理は、どんな酷刑でも、この不臣の行を罰するには、軽すぎるように思われた。 彼は、内室からこの話を聞くと、すぐに、以前彼の乳・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・酒も煙草も飲まず、ただそこらじゅう拭きまわるよりほかに何一つ道楽のなかった伊助が、横領されやしないかとひやひやしてきた寺田屋がはっきり自分のものになった今、はじめて浄瑠璃を習いたいというその気持に、登勢は胸が温まり、お習いやす、お習いやす…・・・ 織田作之助 「螢」
・・・と云って、五十恰好の女が何時でも決まった時間に、市役所とか、税務署とか、裁判所とか、銀行とか、そんな建物だけを廻って歩いて、「わが夫様は米穀何百俵を詐欺横領しましたという――」きまった始まりで、御詠歌のように云って歩く「バカ」のいたのを。と・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・詳細な事実は確かでないが、なんでもさるかに合戦の話に出て来るさるが資本家でかにが労働者だということになっており、かにの労働によって栽培した柿の実をさる公が横領し搾取することになるそうである。なるほどそう言えば、そうも言われるかもしれない。し・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・実際は他の巣の住民に横領されたかもそれは分らない。 私はこの蜂の巣を見付けたい、そしてこの珍奇な虫の団子がそこでいかに処理されるかを知りたいものだと思っている。 虫の行為はやはり虫の行為であって、人間とは関係はない事である。人と・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・マチスやユトリロの名画は、日ごろは特定の個人に秘蔵されていて、盗まれ横領にあった騒ぎではじめてわれわれ人民の耳目にふれて来る。旧所有者たる貴族、華族の経済的崩壊にともなって「国宝」の人民的保管の必要は焦眉の急である。美術的国宝を社寺とひきは・・・ 宮本百合子 「国宝」
・・・ソフィヤ夫人は、子供等に対する家庭の父親の義務としてトルストイを責め、その考えに反対してアンドレイを先頭に立てた一群の息子たちは、当然息子に分けられるべき財産を、トルストイのとりまき共に横領されまいとする息子の権利の上に立って。 この諍・・・ 宮本百合子 「ジャンの物語」
・・・ 教員の生活保証 事変以来、小学教員の不足と、その不足を至急に補うことから生じる質の低下とは心ある者を考えさせていたが、偶小学校教員の万引横領事件が発覚したということである。 これは勿論最も不幸な例外であろ・・・ 宮本百合子 「女性週評」
出典:青空文庫