・・・ 赤井は思わず白崎の横顔を覗きこんだ。「本まや」 と、白崎も大阪弁をつかって、微笑した。「――あの蓄音機は、士官学校を出て軍人を職業として選んだというただそれだけのことを、特権として、人間が人間に与え得る最大の侮辱を俺たちに・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ 幾子は美しい横顔にぱっと花火を揚げた。「じゃ、君は入山が……」 好きなのかと皆まできかず、幾子はうなずいた。 彼は「カスタニエン」に戻ると、牛のように飲み出した。飲み出すと執拗だ。殆ど前後不覚に酔っぱらってしまった。 ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・回数を積むにつれて私は会場にも、周囲の聴衆の頭や横顔の恰好にも慣れて、教室へ出るような親しさを感じた。そしてそのような制度の音楽会を好もしく思った。 その終わりに近いあるアーベントのことだった。その日私はいつもにない落ちつきと頭の澄明を・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・『どうしても阿兄の子だ、面相のよく似ているばかりか、今の声は阿兄にそっくりだ』となおも少年の横顔を見ていたが、画だ、まるで画であった! この二人のさまは。 川柳は日の光にその長い青葉をきらめかして、風のそよぐごとに黒い影と入り乱れている・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・とじろりその横顔を見てやる。母のことだから、「オヤ異なことを言うね、も一度言って御覧」と眼を釣上げて詰寄るだろう。「御気に触わったら御勘弁。一ツ差上げましょう」と杯を奉まつる。「草葉の蔭で父上が……」とそれからさわりで行くところだが・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ はるかに紫禁城を眺めている横顔の写真。碧雲寺を背景にして支那服を着て立っている写真。私はその二枚を山田君に手渡した。「これはいい。髪の毛も、濃くなったようですね。」山田君は、何よりも先に、その箇所に目をそそいで言った。「でも、・・・ 太宰治 「佳日」
・・・指で窓ガラスに、人の横顔を落書して、やがて拭き消す。日が暮れて、車室の暗い豆電燈が、ぼっと灯る。私は配給のまずしい弁当をひらいて、ぼそぼそたべる。佃煮わびしく、それでも一粒もあますところ無くたべて、九銭のバットを吸う。夜がふけて、寝なければ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・また最近にタイムス週刊の画報に出た、彼がキングス・カレッジで講演をしている横顔もちょっと変っている。顔面に対してかなり大きな角度をして突き出た三角形の大きな鼻が眼に付く。 アインシュタインは「芸術から受けるような精神的幸福は他の方面から・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・を読んでいる横顔へ、女がいたずらの光束を送るところがあったようである。 四 ドライヴ 身体の弱いものがいちばんはっきり自分の弱さを自覚させられて不幸に感ずるのは、この頃のような好い時候の、天気の特別に好い日である。・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・三吉は梯子段にうつむいたまま、ふちなし眼鏡も、室からさしている電灯の灯に横顔をうかせたまま、そっぽむきにたっていた。―― 東京! 小野にさえぎられた東京に、もひとつの東京が、ポカリとあいたような気がする。ハンチングをかぶったボルは、三吉・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫