・・・こわれた器械からでも出るような、不愉快なその声がしきりにやっていた。 道太は初め隣に気狂いでもいるのかと思ったが、九官鳥らしかった。枕もとを見ると、舞妓の姿をかいた極彩色の二枚折が隅に立ててあって、小さい床に春琴か何かが懸かっていた。次・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・三吉たちの熊本印刷工組合とはべつに、一専売局を中心に友愛会支部をつくっていて、弁舌がたっしゃなのと、煙草色の制服のなかで、機械工だけが許されている菜ッ葉色制服のちがいで、女工たちのあいだに人気があった。三吉は縁のはしに腰かけ、手拭で顔をふい・・・ 徳永直 「白い道」
・・・曳舟の機械の響が両岸に反響しながら、次第に遠くなって行く。 わたくしは年もまさに尽きようとする十二月の薄暮。さながら晩秋に異らぬ烈しい夕栄の空の下、一望際限なく、唯黄いろく枯れ果てた草と蘆とのひろがりを眺めていると、何か知ら異様なる感覚・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・この型を以て未来に臨むのは、天の展開する未来の内容を、人の頭で拵えた器に盛終せようと、あらかじめ待ち設けると一般である。器械的な自然界の現象のうち、尤も単調な重複を厭わざるものには、すぐこの型を応用して実生活の便宜を計る事が出来るかも知れな・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・お前、機械を片附けといて呉れよ。俺が仕度して来るから」「そうかい」 秋山は見張りへ、小林は鑿を担いで鍛冶小屋へ、それぞれ捲上の線に添うて昇って行った。何しろ、兎に角火に当らないとやり切れないのであった。 ライナーの爆音が熄むと、・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・一、官に学校を立つれば、金穀に差支えなくして、書籍器械の買入はもちろん、教師へも十分に給料をあたうべきがゆえに、教師も安んじて業につき、貧書生も学費を省き、書籍に不自由なし。その得、一なり。一、官には黜陟・与奪の権あるゆえ、学校の法・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・その間には人指し指を器械的に脣の辺まで挙げてまた卸す。しかし目は始終紙を見詰めている。 この男がどんな人物だと云うことは、一目見れば知れる。態度はいかにも威厳があって、自信力に富んでいるらしい。顔は賢そうで、煎じ詰めたようで、やや疲労の・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
……ある牛飼いがものがたる第一日曜 オツベルときたら大したもんだ。稲扱器械の六台も据えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。 十六人の百姓どもが、顔をまるっきりまっ赤にし・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・と、機械をすて篤介のところへ立って行った。「何するんだい、この糸」「糸じゃないよ」「糸だい」「馬の尻尾だよ」「ふーむ、本当? どこから持って来たの」「抜いて来たのさ」「――嘘いってら! 蹴るよ」「馬の脚は・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 器械的に手が枕の側を探る。それは時計を捜すのである。逓信省で車掌に買って渡す時計だとかで、頗る大きいニッケル時計なのである。針はいつもの通り、きちんと六時を指している。「おい。戸を開けんか。」 女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫