・・・「国主の御用ひなき法師なれば、あやまちたりとも科あらじとや思ひけん、念仏者並びに檀那等、又さるべき人々も同意したりとぞ聞えし、夜中に日蓮が小庵に数千人押し寄せて、殺害せんとせしかども、いかんがしたりけん、其夜の害も免れぬ。」 このさ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・「庄屋の旦那が、貧乏人が子供を市の学校へやるんをどえらい嫌うとるんじゃせにやっても内所にしとかにゃならんぜ。」と、彼は、声を低めて、しかも力を入れて云った。「そうかいな。」「誰れぞに問われたら、市へ奉公にやったと云うとくがえいぜ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・「旦那、つきました」と言うと、竿をまた元へ戻して狙ったところへ振込むという訳であります。ですから、客は上布の着物を着ていても釣ることが出来ます訳で、まことに綺麗事に殿様らしく遣っていられる釣です。そこで茶の好きな人は玉露など入れて、茶盆を傍・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・見廻りの途中、時々寄っては話し込んで行く赫ら顔の人の好い駐在所の旦那が、――「世の中には恐ろしい人殺しというものがある、詐偽というものもある、強盗というものもある。然し何が恐ろしいたって、この日本の国をひッくり返そうとする位おそろしいものが・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・当坐の謎俊雄は至極御同意なれど経験なければまだまだ心怯れて宝の山へ入りながらその手を空しくそっと引き退け酔うでもなく眠るでもなくただじゃらくらと更けるも知らぬ夜々の長坐敷つい出そびれて帰りしが山村の若旦那と言えば温和しい方よと小春が顔に花散・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ちょうど歳暮のことで、内儀「旦那え/\」七「えゝ」内儀「貴方には困りますね」七「何ぞというとお前は困るとお云いだが何が困ります」内儀「何が困るたって、あなた此様に貧乏になりきりまして、実に世間体も恥かしい事で、斯様な裏長・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・「旦那さん。もうお帰りですか。」 と言って、下女のお徳がこの私を玄関のところに迎えた。お徳の白い割烹着も、見慣れるうちにそうおかしくなくなった。「次郎ちゃんは?」「お二階で御勉強でしょう。」 それを聞いてから、私は両手に・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・「父やん、はあ止めにしなんせ」と常吉が鉢巻を取った時には、もう馬の影も地に写らなかった。自分は何時間おったか知らぬ。鳥貝の白帆もとくにいなくなっている。「旦那は先い往んなんせ。お初やんが尋ねに出ましょうに」と母親がいう。自分は初めて・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・こないだ、あなたの未来の旦那さんに逢ったよ。」「そう? どうでした? すこうし、キザね。そうでしょう?」「まあ、でも、あんなところさ。そりゃもう、僕にくらべたら、どんな男でも、あほらしく見えるんだからね。我慢しな。」「そりゃ、そ・・・ 太宰治 「朝」
・・・「そんなら出しておいてくれい。あとで一しょに勘定して貰うから。」 襟は丁寧に包んで、紐でしっかり縛ってある。おれはそれを提げて、来合せた電車に乗って、二分間ほどすると下りた。「旦那。お忘れ物が。」車掌があとからこう云った。 ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫