・・・女らしく、朝は手拭を姉様かぶりにして良人を見送り、夕方はエプロン姿で出迎えてひたすら彼の力弱い月給袋を生涯風波なしの唯一のたよりとし、男として愛するから良人としての関係にいるのか月給袋をもって来るから旦那様として大事に扱われるのか、そのとこ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・雪は若檀那様に物を言う機会が生ずる度に、胸の中で凱歌の声が起る程、無意味に、何の欲望もなく、秀麿を崇拝しているのである。 この時雪の締めて置いた戸を、廊下の方からあらあらしく開けて、茶の天鵞絨の服を着た、秀麿と同年位の男が、駆け込むよう・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ ここはいつもリンツマンの檀那の通る所である。リンツマンの檀那と云うのは鞣皮製造所の会計主任で、毎週土曜日には職人にやる給料を持ってここを通るのである。 この檀那に一本お見舞申して、金を捲き上げようと云う料簡で、ツァウォツキイは鉄道・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫