・・・髪はこの手合にお定まりのようなお手製の櫛巻なれど、身だしなみを捨てぬに、小官吏の細君などが四銭の丸髷を二十日も保たせたるよりは遥に見よげなるも、どこかに一時は磨き立たる光の残れるが助をなせるなるべし。亭主の帰り来りしを見て急に立上り、「・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・それでも髪を櫛巻に結った顔色の妙に黄色いその女と、目つきの険しい男とをこの出刃庖丁と並べて見た時はなんだか不安なような感じがした。これに反して私の鋏がなんだか平和な穏やかなもののように思われた。 長い鋏をぶら下げて再び暗い屋敷町へはいっ・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 無意識に手をのばして、自分の小さい櫛巻にさわった時、とり返しのつかぬ、昔の若さをしたう涙が、とめ途もなくこぼれた。 涙に思い出は流れて、目の前には、不具な夫の小寂しい姿ばかりが残るのである。 ややしばらく身動きもしないで居た栄・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 例の寝台の脚の処に、二十二三の櫛巻の女が、半襟の掛かった銘撰の半纏を着て、絹のはでな前掛を胸高に締めて、右の手を畳に衝いて、体を斜にして据わっていた。 琥珀色を帯びた円い顔の、目の縁が薄赤い。その目でちょいと花房を見て、直ぐに下を・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
出典:青空文庫