・・・美のセンスと善のセンスとがともに強く、深く、濃まやかであることが第一流の人間としての欠くべからざる教養である。 自分如きも文芸家となったけれども、学窓にあったときには最も深い倫理学者になることを理想とし、当時倫理学が知識青年からかえり見・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ しかし童貞を尊び、志向を純潔にし、その精神に夢と憧憬とを富ましめるということは、青年の恋愛にとって欠くべからざる心がけである。 五 相互選択と男性のイニシアチヴ 青年男女はその性の選択によって相互に刺激し合い、・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ただこの場合において一、二の注意を述べるなら、職能に関する読書はその部門の全般にわたる鳥瞰が欠くべからざるものであるが、そのあいだにもおのずと自分の特に関心し、選ぶ種目への集注的傾向が必要である。何事かを好み、傾くということがそのことへの愛・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・、私が小さい時から人なかへ出ることを億劫がり、としとってからもその悪癖が直るどころか、いっそう顕著になって、どうしても出席しなければならぬ会合にも、何かと事を構えて愚図愚図しぶって欠席し、人には義理を欠くことの多く、ついには傲慢と誤解され、・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・また後庭林中の夜のラヴシーンはシュヴァリエ・マクドナルドの賛美者たる若きファンのための独参湯としてやはり欠くべからざる一要件であろう。それからまた鹿狩りの場に現われた貴族的なスポーツ風景は国粋主義の紳士淑女を喜ばすものであり、シャトーにおけ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・それが間違っていない限りはまるで方角の分らぬ者には必要欠くべからざるものである。京都見物の人が土産話の種とすると同様、日常常識として結構であるかもしれぬが畢竟は絵で見た景色と同様で本当の知識ではない。いわんやせっかく案内者が引っぱり廻しても・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・については今更にいうまでもないのであるが、この傾向に伴う一つの重大な弊は、学者が自分の専門に属する一つの学全体としての概景を見失ってしまい、従って自分の専門と他の専門との間の関係についての鳥瞰的認識を欠くようになるということである。それだけ・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・それ故日本の音楽にはいつも周囲の情景がその音楽的効果の上に欠くべからざる必要を生ぜしめるのはやむをえぬ事であろう。 その日は照り続いた八月の日盛りの事で、限りもなく晴渡った青空の藍色は滴り落つるが如くに濃く、乾いて汚れた倉の屋根の上に高・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・何か己を曲げずして趣味を持った、世の中に欠くべからざる仕事がありそうなものだ。――と、その時分私の眼に映ったのは、今も駿河台に病院を持って居る佐々木博士の養父だとかいう、佐々木東洋という人だ。あの人は誰もよく知って居る変人だが、世間はあの人・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・それのみか、腕ききの腕を最も敏活に働かすという意味に解釈した酒と女は、仕事のうえに欠くべからざる交際社会の必要条件とまで認めていた。それだのに彼らはやがて眉をひそめなければならなくなってきた。かねてじょうぶであった娘の健康が、嫁にいってしば・・・ 夏目漱石 「手紙」
出典:青空文庫