・・・学問は好きだったから出来る方の組で、副級長などもやったことがあるが、何しろ欠席が多かったから、十分には勤まらない。先生はどの先生も私を可愛がってくれたし、欠席がつづくと私の家へ訪ねてきてくれたりした。しかし私には同級生の意地悪共が怖い。意地・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・もし余らの前に欠席者でもあって、一脚の机が空いていれば、必ずその上へ腰を掛ける。そうして例のガウンの袖口に着いている黄色い紐を引張って、一尺程の長さを拵らえて置いて、それでぴしゃりぴしゃりと机の上を敲いたものである。 当時余はほんの小供・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・ 安岡が眼を覚ましたことを見ると、「君の欠席届は僕が出しておいたよ。安岡君」と、深谷が言った。「ありがと」安岡はしまいまで言えなかった。「きみは、昨夜、何か見なかったかい?」と、深谷が聞いた。「いいや。何も見なかった」安・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・ぼくはみんなが修学旅行へ発つ間休みだといって学校は欠席しようと思ったのだ。すると父がまたしばらくだまっていたがとにかくもいちど相談するからと云ってあとはいろいろ稲の種類のことだのふだんきかないようなことまでぼくにきいた。ぼくはけれども気持ち・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・が四一五二人、「長期欠席」は六〇一〇人でした。東京の朝の街に四時ごろから納豆をうり歩く十歳から十五歳までの少年たちがふえ、全国で労働している少年は一〇五万人もあります。少女はまた昔のように紡績工場に働き、売られて行く子もふえました。 こ・・・ 宮本百合子 「親子いっしょに」
私自身体が悪かったり病人があったりで、大会の準備に出席できませんでした。第二回民主主義文化会議に出席できなかったしこの大会の二日間も欠席しております。したがって系統だった報告はできません。けれども、こんにち私たち日本の人民・・・ 宮本百合子 「討論に即しての感想」
・・・組織の会合にも欠席することを許して貰った。小説だけにしたこの仕事の割あては今日もつづいている。一九四七年度の毎日出版文化賞が「播州平野」と「風知草」に与えられた。 執筆一月。二つの庭。作家の経験。三月。政治と作家の現実・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・その時、漱石は、句は忘れたが、折角ほととぎすが鳴いているが、惜や自分は厠の中で出るに出られぬという意味の一首を送って、欠席したという話がある。その時、漱石は仕事がひどく忙しかったらしいと思われるが、ふだんから漱石は政治家嫌いだった。代議士に・・・ 宮本百合子 「文壇はどうなる」
出典:青空文庫