・・・と食卓を共にした事があると云ったそうである。次いでは、フランドルの歴史家、フィリップ・ムスクが千二百四十二年に書いた、韻文の年代記の中にも、同じような記事が見えている。だから十三世紀以前には、少くとも人の視聴を聳たしめる程度に、彼は欧羅巴の・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・現に Dr. Werner 自身もその下女が二重人格を見たそうでございます。次いで、ウルムの高等裁判所長の Pflzer と申す男は、その友人の官吏が、ゲッティンゲンにいる息子の姿を、自分の書斎で見たと云う事実に、確かな証明を与えて居ります・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・それに次いで、ほとんど一村の老若男女が、ことごとくその声を聞いたのは、寧ろ自然の道理である。貉の唄は時としては、山から聞えた。時としては、海から聞えた。そうしてまた更に時としては、その山と海との間に散在する、苫屋の屋根の上からさえ聞えた。そ・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・もしか原稿はポストの周囲にでも落ちていないだろうかという危惧は、直ちに次いで我を襲うのである。そうしてどうしても三回、必ずポストを周って見る。それが夜ででもあればだが、真昼中狂気染みた真似をするのであるから、さすがに世間が憚られる、人の見ぬ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ 母はなお詞を次いで、「なるほど何もかもこうなる運命かも知らねど今度という今度私はよくよく後悔しました。俗に親馬鹿という事があるが、その親馬鹿が飛んでもない悪いことをした。親がいつまでも物の解ったつもりで居るが、大へんな間違いであっ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・そしてその形骸は影の彼に導かれつつ、機械人形のように海へ歩み入ったのではないでしょうか。次いで干潮時の高い浪がK君を海中へ仆します。もしそのとき形骸に感覚が蘇えってくれば、魂はそれと共に元へ帰ったのであります。哀れなるかな、イカルス・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・玉は乱れ落ちてにわかに繁き琴の手は、再び流れて清く滑らかなる声は次いで起れり。客はまたもそなたを見上げぬ。 廊下を通う婢を呼び止めて、唄の主は誰と聞けば、顔を見て異しく笑う。さては大方美しき人なるべし。何者と重ねて問えば、私は存じませぬ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・そも損得を云おうなら、善悪邪正定まらぬ今の世、人の臣となるは損の又損、大だわけ無器量でも人の主となるが得、次いでは世を棄てて坊主になる了休如きが大の得。貴殿やそれがし如きは損得に眼などが開いて居らぬ者。其損得に掛けて武士道――忠義をごったに・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・水面に小波は立った。次いでまた水の綾が乱れた。しかし終に魚は狂い疲れた。その白い平を見せる段になってとうとうこっちへ引寄せられた。その時予の後にあってたまを何時か手にしていた少年は機敏に突とその魚を撈った。 魚は言うほどもないフクコであ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ もし空想をたくましゅうすることを許されれば、最初は宗教的儀式としてやっていた事が偶然鐘の音に対してある有利な効果のある事を発見し、次いでそれが鋳物の裂罅から来る音響学的欠点を修正するためだということに考え及び、そうして今度は意識的にそ・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
出典:青空文庫