・・・序に頭の機能も止めて欲しいが、こればかりは如何する事も出来ず、千々に思乱れ種々に思佗て頭に些の隙も無いけれど、よしこれとても些との間の辛抱。頓て浮世の隙が明いて、筐に遺る新聞の数行に、我軍死傷少なく、負傷者何名、志願兵イワーノフ戦死。いや、・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「子供らは欲しいという人にくれてしまいます」「フーム……」老父は黙ってしまった。 数日後、耕吉はひどく尻ごみする自分を鞭打して、一時間ばかし汽車に乗って、細君の実家へお詫びに出かけた。――細君は自儘には出てこれぬような状態になっ・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・肉づきまでがふっくりして、温かそうに思われたが、若し、僕に女房を世話してくれる者があるなら彼様のが欲しいものだ」 それならば大友はお正さんに恋い焦がれていたかというと、全然、左様でない。ただ大友がその時、一寸左様思っただけである。 ・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・総てこれ等の苦々しい情は、これまで勤勉にして信用厚き小学教員、大河今蔵の心には起ったことはないので、ああ金銭が欲しいなアと思わず口に出して、熟と暗い森の奥を見つめた。 するとがやがやと男女打雑じって、ふざけながら上って来るものがある。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 少年は呉れるものは欲しいのだが、貰っては悪いというように、遠慮していた。「煙草と砂糖。」松木は、窓口へさし上げた。「有がとう。」 コーリヤが、窓口から、やったものを受取って向うへ行くと、「きっと、そこに誰れか来とるんだ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 竿というものの良いのを欲しいと思うと、釣師は竹の生えている藪に行って自分で以てさがしたり撰んだりして、買約束をして、自分の心のままに育てたりしますものです。そういう竹を誰でも探しに行く。少し釣が劫を経て来るとそういうことにもなりまする・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・文学界に関係される頃から、透谷君は半ば病める人であったと、後になって気が着いたが、皆と一緒になって集って話していても、直ぐに身体を横にしたり、何か身を支えるものが欲しいというような様子をしていた。斯ういう身体だったから、病的な人間の事にも考・・・ 島崎藤村 「北村透谷の短き一生」
・・・お三輪もすこし疲れを覚えたが、お力夫婦がいろいろと取持ってくれるので、休ませて欲しいとは言い出せなかった。「御隠居さん、お坐りになってはいかがです」 とお力が気をきかせると、早速金太郎は休茶屋の横手へ腰掛台を持ち出して、蓮池の望まれ・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・もっと端的にわれらの実行道徳を突き動かす力が欲しい、しかもその力は直下に心眼の底に徹するもので、同時に讃仰し羅拝するに十分な情味を有するものであって欲しい。私はこの事実をわれらの第一義欲または宗教欲の発動とも名づけよう。あるいはこんなことを・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・この男等の生涯も単調な、疲労勝な労働、欲しいものがあっても得られない苦、物に反抗するような感情に富んでいるばかりで、気楽に休む時間や、面白く暮す時間は少ないのであるが、この生涯にもやはり目的がないことはあるまいと思われるのである。 この・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫