・・・いや、我我の自己欺瞞は一たび恋愛に陥ったが最後、最も完全に行われるのである。 アントニイもそう云う例に洩れず、クレオパトラの鼻が曲っていたとすれば、努めてそれを見まいとしたであろう。又見ずにはいられない場合もその短所を補うべき何か他の長・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・資本輸出、租借、商品販売の場合の欺瞞、支配的国民の下に隷従させらるゝこと等によって。」 資本家は、国内の労働者から搾取した利潤以外に、こうして、植民地から莫大な利潤をかき集めてくる。この有りあまって、だぶついている金で彼等は、労働貴族や・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・私はHの欺瞞を憎む気は、少しも起らなかった。告白するHを可愛いとさえ思った。背中を、さすってやりたく思った。私は、ただ、残念であったのである。私は、いやになった。自分の生活の姿を、棍棒で粉砕したく思った。要するに、やり切れなくなってしまった・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ こういう見方を進めて行くと、結局、いわゆる創作とは、つじつまを合わせるために多少の欺瞞を許容したこしらえものの事であり、随筆とは筆者の真実、少なくも主観的真実を記録したものであるというふうにも見られる。こういうふうに見ると、すでに前条・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・しかし偉大なる欺瞞者があって常に私を欺いているのでもなかろうか。真の神という如きものもないのではないか。しかし斯くまで疑うにしても、欺かれる私はある。欺瞞者が如何に私を欺くとも、私が考えるかぎり、私がある、コーギトー・エルゴー・スムの命題に・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・そして、愛という字が近代の偽善と自己欺瞞のシムボルのようになったのはいつの時代からでしょうか。三文文士がこの字で幼稚な読者をごまかし、説教壇からこの字を叫んで戦争を煽動し、最も軽薄な愛人たちが、彼等のさまざまなモメントに、愛を囁いて、一人一・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・官製の報道員という風な立場における作家が、窮極においては悲惨な大衆である兵士や、その家族の苛烈な運命とは遊離した存在であり、欺瞞の装飾にすぎないことが漠然とながら迫ってきたからであろう。 このことは各人各様に、さまざまの具体的な感銘を通・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・戦争が不条理に拡げられ、欺瞞がひどくなるにつれて、日本じゅうの理性を沈黙させ、それをないものにしていた治安維持法が撤廃された記念すべき日も、近くふたたびめぐり来ようとしている。 わたくしたちは、こうして営々と三百六十五日を生きとおして今・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・戦争の永い年月、わたしたちの全生活がそのために支配され、欺瞞され、遂に破壊へつきおとされながら、直接の犠牲者である人民は、戦争の現実について、また社会の事実についてほとんど一つも知る自由をもっていなかった。降伏につづく激動の時期がすぎて、人・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・それは欺瞞のない日本の民主化と自主自立の民族生活をもつことである。新しい五人の放送委員はあらためてそのような誓いをするわけなのだろうか。 なお放送委員会はその職責をはたすために商業、工業、金融、労働、農業、教育、地方自治などの団体代表の・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
出典:青空文庫