・・・しかもこんどの手は生産を一時的にせよ停めるようなものだからな。生産を伴わねば失敗におわるに極まっている。方法自体が既に生産を停めているのだからお話にならんよ」 二人はそこで愉快そうに笑った。その愉快そうな声が新吉には不思議だった。しかし・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・何だと訊ねると、みんな顔を見合わせて笑う、中には目でよけいな事をしゃべるなと止める者もある。それにかまわずかの水兵の言うには、この仲間で近ごろ本国から来た手紙を読み合うと言うのです。自分。そいつは聞きものだぜひ傍聴したいものだと言って座を構・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・そして「今日以後永く他宗折伏を停めるならば、城西に愛染堂を建て、荘田千町を付けて衣鉢の資に充て、以て国家安泰、蒙古調伏の祈祷を願ひたいが、如何」とさそうた。このとき日蓮は厳然として、「国家の安泰、蒙古調伏を祈らんと欲するならば、邪法を禁ずべ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・栗島は、いつまでも太股がブル/\慄えるのを止めることが出来なかった。軍刀は打ちおろされたのであった。 必死の、鋭い、号泣と叫喚が同時に、老人の全身から溢れた。それは、圧迫せられた意気の揚らない老人が発する声とはまるで反対な、力のある、反・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・お爺さんが止めるのも聞かずに、馳出して行きました。この子供が木の実を拾いに行きますと、高い枝の上に居た一羽の橿鳥が大きな声を出しまして、「早過ぎた。早過ぎた。」と鳴きました。 気の短い弟は、枝に生って居るのを打ち落すつもりで、石ころ・・・ 島崎藤村 「二人の兄弟」
・・・そんな風であるから、どうして外の人の事に気を留める隙があろう。自分と一しょに歩いているものが誰だということをも考えないのである。連とはいいながら、どの人をも今まで見た事はない。ただふいと一しょになったのである。老人の前を行く二人は、跡から来・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・と小母さんが止めると、「だってお母さん。写真を薬でよくするんじゃありませんか」と泣きそうな顔をする。「それよりか写真屋さん。一昨日かしら写したあたしの写真はいつできるんですか」と藤さんが問う。小母さんも、「私ももう五六度写ったはずだ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・しかしそれはいつまでも見た人の心に美しい永遠の響を留める。そしてその余韻は、その人の生活をいくぶんでも浄化するだけの力をもっている。こういう美しいものを見たときと見なかった時とで、その後に来る吾人の経験には何らのちがった反響がない訳にはゆか・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・黄いろい皮の面に薄緑の筋が六、七本ついているその形は、浮世絵師の描いた狂歌の摺物にその痕を留めるばかり。西瓜もそのころには暗碧の皮の黒びかりしたまん円なもののみで、西洋種の細長いものはあまり見かけなかった。 これは余談である。わたくしは・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・上野の人が頻りに止める。正岡さんは肺病だそうだから伝染するといけないおよしなさいと頻りにいう。僕も多少気味が悪かった。けれども断わらんでもいいと、かまわずに置く。僕は二階に居る、大将は下に居る。其うち松山中の俳句を遣る門下生が集まって来る。・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
出典:青空文庫